きもちいいこと

 にちゃ、にちゃ、とハンバーグのタネを捏ねる音にさえ、昨夜の情事で燻る肉欲を刺激され、薪さんのあられもない姿を想像しながら明日の仕込みをしている不埒な俺。

「いつまで捏ねてるんだ」

「……ハッ、すみません」

 スーツの袖を捲りビニ手を着用した薪さんが、いつのまにか俺の隣に立って器用にタネの成形を始める。

 青木家のキッチンに、薪さんの美しい立ち姿がある夢のような光景。見惚れながら思う。この方の仕事着を汚さぬよう、明日にでもお似合いのエプロンを用意して差し上げようと――

「わぁ、マキちゃん作るの上手〜!お店で買ってくるのみたいにキレイだね」

 気づけば舞も調理台を覗いて、目を輝かせている。

「あ〜あ、マキちゃんがお家にずっといればいいのになぁ……」

 広げたラップの上に載せられた成形後のタネを包みながら、舞がため息をつく。
 できることなら俺だってそうしてほしい。が、無理だとわかってるから、なにも答えることができない。


「舞、おバァちゃんも元気になったし、明日は学校へ行く?」

「えっ、いいの? やったぁ!」

 タネをチルドに寝かす俺の足元で、舞が小躍りする。

「時間割は普段通りみたいだから。準備しておいで」

「はぁい!」

 軽やかな足取りで自室に向かう舞。その姿に目を細めながら仕込みを続ける俺だったが、手にしたお玉を不意に取り上げられ、隣に立つ薪さんを驚いた顔で見た。

「ここは僕がやる。お前は早く舞ちゃんを手伝ってこい!」

 肘でどつかれた勢いで舞を追いながら、俺の鼓動は高鳴り、頬も熱くなっていた。
 もしかしてこの人は、家族が寝静まった後の、俺との営みを心待ちにしてくれてるのではないだろうか。


 だとしても、だ。
 俺は何をやってるんだろう。
 舞を寝かしつけた後、薪さんが入浴中の風呂場のドアを背に、ストーカーさながら佇んでいる。

 もともと寝付きがいい舞は、薪さんがいる生活に終始テンションが高く、お手伝いも張り切ってしているせいか、今日は輪をかけて寝入るのが早かった。
 俺も俺で舞が寝るなり、羽が生えたように即刻ここへ飛んできて。そわそわしてるのは、二人きりの夜を待ち切れないのに加え、薪さんが“準備”のことで、また独りで心煩わせているんじゃないかと気になってるからだ。

 もしかして一緒に入ってお手伝い・・・・した方がいいんじゃないか?
 でもムードを優先したいと思ってらっしゃるのなら、風呂場に突入し殴られたりして雰囲気をぶち壊すリスクは避けたい。


「……あぃタッ!」

「お前、なんでそんなとこにいるんだ」

 後頭部をさすりながら振り返ると、ドアノブに手を掛けた薪さんが、潤んだ目で睨むように見上げている。
 風呂上がりの上気した薄桃色の肌の艶っぽさが堪らない。そして俺の気配に気づいててわざとドアを勢いよく開けたであろう行為も、いかにもこの人らしい。でもそんなところも含めて、俺はこの人が好きで仕方ないのだ。

「何を持っているんだ」

「あ、コレは……」

 俺が握りしめていたのは、愛の営みをスムーズにするためのゼリーだ。

「えっと、あの……一緒に入浴しながら準備して差し上げようかと思……」

「!!」

 薪さんは赤くなって俯き、俺のパジャマを鷲掴みして引っ張った。

「だったら……あっち」

「……え?」

「いくぞ」

 薪さんに引きずられるように自室に戻った後の記憶が、興奮しすぎてブッ飛んでいる。



「……い……れろ……」
 
 粘つく音と、湿った喘ぎ声、熱い吐息が充満する自室内で……俺は一体何をしたんだろう?
 汗や涙や唾液に塗れた薪さんの、くしゃくしゃのお顔で詰るように見上げられ、濡れた唇から切なげに命令が零れるのがまた、堪らなく煽情的で理性がまた薄らぐ。

「あおき……の……はやく」

 薪さんの下腹はすでに白濁で濡れていた。にも関わらず、開かれた脚の間で蜜をたたえて勃ちあがる性器は、子房まで蜜を垂らした雌蕊みたいに俺の雄を刺激してやまない。

「ゆび……の、とこ……」

 え、俺の……指?
 高鳴る心臓の音のなかで視線を落とせば、潤滑剤に塗れて薪さんの熱いナカに喰い締められているのは、いくつもの俺の指……つまりここ・・はもう準備万端だと仰りたいのだろうか。

「っは……ぁ」

 一気に指を引き抜かれ仰け反る腰を掴んで、俺は自らの怒張の先端を入口に宛てがう。
 濡れた、熱い接吻みたいな音とともに、性器が愛しい人の体内に吸われる。
 俺は全身で震え、薪さんは顔を覆い必死で甘い声を圧し殺した。

「進み……ますよ」

 宣言したものの、先端だけ呑み込んだ薪さんのナカの締めつけが物凄くて、それ以上進めない。

「すみません……ちょっとこうして……」

 俺は腰を掴む両手を上にずらし薪さんの背中を抱きかかえて、ベッドの上で一緒に上体を起こした。
 こうすれば薪さんの身体が重力に従い降りてきて、交接が深くなるはず……
 細かく震え逃げようとする腰と、宥めるように押さえて引き寄せるのを繰り返しながら、愛しい身体の奥へと自身を埋めていく至福と快楽。

 パジャマ越しに薪さんの身体を抱きしめる俺の肉体は、下まで辿れば剥き出しの欲情を薪さんの身体に突き立てている格好だ。

 そして全身全霊で願っている。
 この人の心と身体すべて、このままずっと自分だけのものにしていたい、と。

 おかしい。どうしたんだろう?

 今までは、薪さんは誰のものでもない。もし薪さんが俺と家族になるのを望まず幸せになりたいのなら、誰とどうしようが構うまい、と思おうとしていたのに。
 今は、薪さんが他の奴とこんなことするのは……絶対に嫌だ!
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