きもちいいこと

 暴発寸前の凶器を最優先に処理したのちに、熱いシャワーで禍々しい熱情を昇華しようとする。

 ダメだろ、こんな日に限って。 
 俺のこぼれ球を拾い舞を守り抜いてくれた薪さんは、大変お疲れなんだ。
 そんな薪さんをこの家に引き止めたのだって、疚しい目的じゃない。なのにこのカラダときたら、美しい人から匂い立つ色香に当てられて……
 罪悪感と羞恥。
 いつも射精の瞬間に俺が頭に浮かべてしまう相手を、もしかしてあの人は“ご存知”なのか?

 婚約解消以降誰とも付き合ってない俺が、誰を思い浮かべて達しようが、後ろめたいことはない。そう思っていたが、“対象”の本人に知られるとなると話は別だ。
 カラダは熱いのに冷や汗が出てくる。
 薪さん本人に、俺の疚しい情欲を覚られたのだとしたら、どうなる?
 研ぎ澄まされた厳しさの反面誰より優しいあの人は、ここまで深入りした俺を、無理してでも受け入れようとしてしまうんじゃないだろうか。

 いや待て、違うだろ。
 そもそもなんでそうなるんだ?
 先立つのはこんな劣情じゃない、ちゃんとした愛情だと胸を張れる。
 俺の中の薪さんへの色んな気持ち……憧れや尊敬、守りたい気持ちに紛れてなかなか言葉にできなかったけれど、これは性別も超越するれっきとした愛だと、今ハッキリと自覚している。
 家族になりたい、という手紙は、たとえ無意識だとしてもその気持ち全部を込めて、したためたのだ。
 薪さんさえ望んでくださるなら、性的な接触だってもちろん大歓迎だ。望まれる自信は正直ないけれど。

 でも、大切にしたいから、まずはキスから始めさせてほしい。

 しかしキ、キスって……あのぷるぷるで形も色も綺麗で気高いあの唇に?
 てかそれ以前に、超美形なあのお顔が俺に触れる距離まで近づくのか?
 無理だ、考えただけで鼻血吹きそう。

 のぼせた俺はヨロヨロと風呂場を後にした。

 
「どうした、寝ないのか?」

「ひいィ……ッ!!」

 明かりの消えたキッチンの冷蔵庫の前でどれだけ佇んでいたのだろう。
 戦慄して振り向いた俺に“失敬だな、化け物を見るみたいに”と、薪さんが微笑みたいな視線を寄越す。

「すみません、お休みになってるかと思ったので……」

 照れくささを隠して薪さんに向き直り、手にしていたコップの水を喉を鳴らして飲み干す。

「僕にも水を一杯もらえるか」

「え、あ、はいっ!」

 注いだグラスの水を一気に飲んで、肩で息をつく薪さんを見下ろしていると……
 なんだか“一仕事”終えたようなスッキリした雰囲気が読み取れてしまって、俺は思わず両手を差し伸べ、薪さんの身体を腕のなかに閉じ込めた。
 仕事、とは事件のことじゃなく……俺の勘が間違ってなければ、俺が居ない間にしたであろう“処理”のことだ。

「もしかして……“おあいこ”ですか?」

 俺の背中に回そうとした薪さんの腕がギクリと固まる。

「もしそうなら、今夜は一緒に休みましょう」

 熱いシャワーでも冷水でも流せなかった俺の“疚しさ”が、愛しさで一気に溶けていくのがわかった。

「薪さん……あなたが好きです」

 突然溢れてしまった告白に、腕の中にすっぽり埋もれた薪さんの小さな頭が、細かく何度も縦に振れる。

「だから明日も泊まってください」

 びくりと震えて固まる身体を、俺は揉みくちゃに抱きしめる。

「あなたさえよければ……今夜できなかったことに、明日は挑戦したいので」

「…………」

 意味が分からないであろう俺の申し出に、薪さんが呆れた顔を上げる。
 薄紅に色づいた頬。見開いた瞳と唇がお可愛らし過ぎて――
 俺は夢中でキスを奪っていた。

「……ん……ハァ……っ」

 深入りから逃れようとするぷるぷるの唇を、唇や舌で捉え、滅茶苦茶に撫でて吸いあげる。

 想像なんて、あっけなく超える柔らかさときめ細やかさと瑞々しさと。その奥に絡め取られて触れる妖艶な熱も、すべて未知のものだが、妙に腑に落ちた。

 俺はいつからかずっと、長い間このひとと、こういうことも、したかったんだ。
 未到の快楽と狂おしいほどの愛しさと熱を、このひとと、分け合いたかったんだ、と。
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