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燃えさかり溶かされた七五三詣の夜。
希が隣室に、パパがベッドの隣にいた甘い余韻だけが残る、二部屋ひと続きの寝室。
一人目覚めた朝には、“寄る辺なさ”と“スッキリ”と“気怠さ”を一緒くたに抱えてベッドから這い出た身体に、労るようなスープの優しさがじんわり内部から沁みわたる。
舞たちを倉辻へ迎えに行くついでに、皆で買い出しと昼食を済ませてくるから……と、出来の良い夫から気の利いた連絡が入ったばかりだ。
いや。法律上希の両親ではあっても夫婦関係はないのだが、パパママと呼ばれてるうちに錯覚してしまう自分の絆され具合に呆れる。が、それだけじゃ済まなかった。
半分空いた襖から見える仏間になんとなく視線をやった薪は、ギョッとしてダイニングの椅子から一瞬腰を浮かす。
澤村さんの遺影から少し離れた飾り棚に、勝手に写真が増殖しているのだ。
元からあった姉夫婦と舞の写真に、青木と薪と舞と希、そして俊夫妻と剛 のものまで……!! 笑顔弾ける家族写真に賑やかしオーラに侵食されそうな澤村さんもさぞかし困惑していることだろう。
アイツ、何を勝手なこと……!!
バケットをちぎる指先を震わせながらも、安易に片付けることはできない。
大好きなパパと一緒に楽しくあの写真を飾ったであろう希を落胆させるわけにはいかないのだ。
薪は逆立った心を落ち着ける深呼吸を繰り返しながら、一先ずブランチに戻るしかなかった。
その後、日々の変化を辿っていくにつれ、おバァちゃんの読みは流石だったと恐れ入る。
七五三詣が薪青木家の節目になって、その月のうちに、いろいろな兆しが見え始めていた。
芽生える前の地中で種子が内部で活発な生命活動を始めるように、家族それぞれから新しい季節にむかう息吹が感じられるのだ。
「ただいま〜!!」
週半ばの祝日から3日間の福岡帰省から戻った青木と舞の元気な声が、荻窪薪邸の玄関に響く。
「見てきたよ〜!お母さんのがっこう」
靴を脱ぎ捨て玄関に上がった舞が、青木に肩を小突かれ引き返して靴を揃える。
就学前検診で行った母の母校。ついでに青木家から持ち出した母の卒アルを掲げた舞は、廊下に迎えに出てきた大好きな薪の胸に飛び込んだ。
「ほら、ママ見て!これ、ほら、舞とお母さん、同じでしょ!」
母和歌子の入学時の写真を開いて見せる舞と並んでソファに座り、薪は昨日速攻でLINE共有された舞の画像を、スマホで開いて見比べながら微笑む。
「本当だ。顔もそっくりだし背も丁度同じくらいだね」
同じ場所で撮られた写真は、和歌子も舞も正門に刻まれた縦書きの“北町小学校”の“校”の字だけを、頭で隠して佇み笑っている。
母の写真は入学式の時のものだから、半年早い舞の方が背丈を少しリードしているとも言えた。
舞はソファを降り、上着を脱いで洗面所に向かう青木の後を小走りで追いかけ、手洗いうがいを済ませにいく。
その間薪は、青木と姉……そして舞の小学校の四季折々の光景が載せられた卒アルのページを、めくりながら興味深げに見入った。
「いや〜色々懐かしかったよ。姉さんの友人とか、俺の先輩の子どもにも舞の同級生がいて……母さん、覚えてる? 角に住んでるあの……」
「松永さん家のお孫さんでしょ。正月に帰った時丁度そんな話をしとったんよ」
同じ学区の保育園も通っていたことのある舞だ。自分の友達や母や叔父の知人の子、おバァちゃんの友人の孫まで、北町小学校はいろんな絆が編み込まれたまさに“巣”なのだろう。舞が中学校に巣立つためにここが最適な場所なのだ、と改めて認識しながら、薪は穏やかに母に訊ねる。
「お母さん、冬休みはまた帰省しますか?」
「あー、去年正月も盆も帰ったけんもうよかよ。今年は最後やけん、私は皆で荻窪 でゆったりしたいけど……」
「舞も!ここがいい!」
「……ノゾミもそうする」
意外な返答に目を丸くする薪の隣にいつの間にか戻った舞と、カーペットに座って本に夢中になっていた希が、次々と乗っかる。
「なら……そうしようか」
ママの心が決まれば、自室でPCを覗いているパパの意見を聞かずとも決まるのが、今のこの家のパワーバランスだ。
「そうだ舞ちゃん。明日倉辻のおばちゃんがランドセル見に行こう、って言ってたからね」
「わぁい!」
でも、正月を過ごす場所みたいには、次の春から家族が住む場所は簡単に決められない薪だった。
「お前、本当に4月から福岡でいいのか?」
「え、それは第八管区岡部大室長の代わりが俺では務まらないということでしょうか?」
「違う」
普段は温和な青木が意外なところでムッとして突っかかってくるのも、薪にとっては可愛い仕草の一つだ。
帰宅後ずっと自室のPCに向かっていた青木は、子どもが寝静まった夜になって、ようやく液晶モニターから目を離した。
「希が……寂しくないだろうか」
舞と……大好きなパパと離れて。
そう考えるだけで、薪からため息が漏れる。
「……俺も、姉と四六時中一緒にいた記憶は、姉が小学生に上がるまでですよ」
それは今までも何度となく話し合ってきた論点だ。
正解は無く、育てる側の思いが基準になる。だからこそ迷う。薪らしくないのか、逆にらしいのか。子どもたちのこととなると、何度も同じ問いかけの中をぐるぐる回ってきりがない。
薪の逡巡を受け止める余地を常に残しながらも、青木の思いは一貫していた。
小学校に上がれば舞自身の世界ができる。
そこでウチより長い時間を過ごして、たくさんの子どもや周りの大人とともに、舞という人間を作っていく。
そんな時期に姉と同じ小学校に通い、姉を知る人たちの中で育てることが、舞が舞として生まれた必須条件なんじゃないか……と青木はいろんな形で薪に伝えてきた。
「わかってる。舞もそのつもりで楽しみにしてるしな」
「ええ、でも夏休みや冬休み……長期の休みは全部こっちに来るつもりらしいですよ」
「ふふ、全部は困るな。希の方も福岡に遊びに行きたがってるから」
あのブラックだった第九も、今は管区同士の連携が進み、フレキシブルな働き方への改革が進んでいた。
青木が第八管区に戻っても、おそらく特捜で年の半分近くは第三管区内にいるだろう。
どっちにいたって心強い親族の協力体制があるから、舞や希は荻窪でも福岡でも、いつでも相互に会いに行くことができる。
でも、会いに……だけでいいのか?
もしかしたら、希は……
「お前が子どもを二人とも福岡へ連れて行くのはどうだ?」
PCの電源をオフしてデスクを離れ伸びをしていた大男は、薪の顔を見て少しだけ考える。
「うーん……無くはない選択肢ですが……本人に聞いてみましょう」
「本人?まだ3歳だぞ」
「もう3歳です、薪さんの子ですよ?」
脚を投げ出してベッドに腰掛けている薪に、青木はニコリと微笑んだ。
そしてそのまま薪がすっぽりと影に覆われ「お風呂入ってきますね」と囁く声とともに、優しいキスが頬を撫でた。
希が隣室に、パパがベッドの隣にいた甘い余韻だけが残る、二部屋ひと続きの寝室。
一人目覚めた朝には、“寄る辺なさ”と“スッキリ”と“気怠さ”を一緒くたに抱えてベッドから這い出た身体に、労るようなスープの優しさがじんわり内部から沁みわたる。
舞たちを倉辻へ迎えに行くついでに、皆で買い出しと昼食を済ませてくるから……と、出来の良い夫から気の利いた連絡が入ったばかりだ。
いや。法律上希の両親ではあっても夫婦関係はないのだが、パパママと呼ばれてるうちに錯覚してしまう自分の絆され具合に呆れる。が、それだけじゃ済まなかった。
半分空いた襖から見える仏間になんとなく視線をやった薪は、ギョッとしてダイニングの椅子から一瞬腰を浮かす。
澤村さんの遺影から少し離れた飾り棚に、勝手に写真が増殖しているのだ。
元からあった姉夫婦と舞の写真に、青木と薪と舞と希、そして俊夫妻と
アイツ、何を勝手なこと……!!
バケットをちぎる指先を震わせながらも、安易に片付けることはできない。
大好きなパパと一緒に楽しくあの写真を飾ったであろう希を落胆させるわけにはいかないのだ。
薪は逆立った心を落ち着ける深呼吸を繰り返しながら、一先ずブランチに戻るしかなかった。
その後、日々の変化を辿っていくにつれ、おバァちゃんの読みは流石だったと恐れ入る。
七五三詣が薪青木家の節目になって、その月のうちに、いろいろな兆しが見え始めていた。
芽生える前の地中で種子が内部で活発な生命活動を始めるように、家族それぞれから新しい季節にむかう息吹が感じられるのだ。
「ただいま〜!!」
週半ばの祝日から3日間の福岡帰省から戻った青木と舞の元気な声が、荻窪薪邸の玄関に響く。
「見てきたよ〜!お母さんのがっこう」
靴を脱ぎ捨て玄関に上がった舞が、青木に肩を小突かれ引き返して靴を揃える。
就学前検診で行った母の母校。ついでに青木家から持ち出した母の卒アルを掲げた舞は、廊下に迎えに出てきた大好きな薪の胸に飛び込んだ。
「ほら、ママ見て!これ、ほら、舞とお母さん、同じでしょ!」
母和歌子の入学時の写真を開いて見せる舞と並んでソファに座り、薪は昨日速攻でLINE共有された舞の画像を、スマホで開いて見比べながら微笑む。
「本当だ。顔もそっくりだし背も丁度同じくらいだね」
同じ場所で撮られた写真は、和歌子も舞も正門に刻まれた縦書きの“北町小学校”の“校”の字だけを、頭で隠して佇み笑っている。
母の写真は入学式の時のものだから、半年早い舞の方が背丈を少しリードしているとも言えた。
舞はソファを降り、上着を脱いで洗面所に向かう青木の後を小走りで追いかけ、手洗いうがいを済ませにいく。
その間薪は、青木と姉……そして舞の小学校の四季折々の光景が載せられた卒アルのページを、めくりながら興味深げに見入った。
「いや〜色々懐かしかったよ。姉さんの友人とか、俺の先輩の子どもにも舞の同級生がいて……母さん、覚えてる? 角に住んでるあの……」
「松永さん家のお孫さんでしょ。正月に帰った時丁度そんな話をしとったんよ」
同じ学区の保育園も通っていたことのある舞だ。自分の友達や母や叔父の知人の子、おバァちゃんの友人の孫まで、北町小学校はいろんな絆が編み込まれたまさに“巣”なのだろう。舞が中学校に巣立つためにここが最適な場所なのだ、と改めて認識しながら、薪は穏やかに母に訊ねる。
「お母さん、冬休みはまた帰省しますか?」
「あー、去年正月も盆も帰ったけんもうよかよ。今年は最後やけん、私は皆で
「舞も!ここがいい!」
「……ノゾミもそうする」
意外な返答に目を丸くする薪の隣にいつの間にか戻った舞と、カーペットに座って本に夢中になっていた希が、次々と乗っかる。
「なら……そうしようか」
ママの心が決まれば、自室でPCを覗いているパパの意見を聞かずとも決まるのが、今のこの家のパワーバランスだ。
「そうだ舞ちゃん。明日倉辻のおばちゃんがランドセル見に行こう、って言ってたからね」
「わぁい!」
でも、正月を過ごす場所みたいには、次の春から家族が住む場所は簡単に決められない薪だった。
「お前、本当に4月から福岡でいいのか?」
「え、それは第八管区岡部大室長の代わりが俺では務まらないということでしょうか?」
「違う」
普段は温和な青木が意外なところでムッとして突っかかってくるのも、薪にとっては可愛い仕草の一つだ。
帰宅後ずっと自室のPCに向かっていた青木は、子どもが寝静まった夜になって、ようやく液晶モニターから目を離した。
「希が……寂しくないだろうか」
舞と……大好きなパパと離れて。
そう考えるだけで、薪からため息が漏れる。
「……俺も、姉と四六時中一緒にいた記憶は、姉が小学生に上がるまでですよ」
それは今までも何度となく話し合ってきた論点だ。
正解は無く、育てる側の思いが基準になる。だからこそ迷う。薪らしくないのか、逆にらしいのか。子どもたちのこととなると、何度も同じ問いかけの中をぐるぐる回ってきりがない。
薪の逡巡を受け止める余地を常に残しながらも、青木の思いは一貫していた。
小学校に上がれば舞自身の世界ができる。
そこでウチより長い時間を過ごして、たくさんの子どもや周りの大人とともに、舞という人間を作っていく。
そんな時期に姉と同じ小学校に通い、姉を知る人たちの中で育てることが、舞が舞として生まれた必須条件なんじゃないか……と青木はいろんな形で薪に伝えてきた。
「わかってる。舞もそのつもりで楽しみにしてるしな」
「ええ、でも夏休みや冬休み……長期の休みは全部こっちに来るつもりらしいですよ」
「ふふ、全部は困るな。希の方も福岡に遊びに行きたがってるから」
あのブラックだった第九も、今は管区同士の連携が進み、フレキシブルな働き方への改革が進んでいた。
青木が第八管区に戻っても、おそらく特捜で年の半分近くは第三管区内にいるだろう。
どっちにいたって心強い親族の協力体制があるから、舞や希は荻窪でも福岡でも、いつでも相互に会いに行くことができる。
でも、会いに……だけでいいのか?
もしかしたら、希は……
「お前が子どもを二人とも福岡へ連れて行くのはどうだ?」
PCの電源をオフしてデスクを離れ伸びをしていた大男は、薪の顔を見て少しだけ考える。
「うーん……無くはない選択肢ですが……本人に聞いてみましょう」
「本人?まだ3歳だぞ」
「もう3歳です、薪さんの子ですよ?」
脚を投げ出してベッドに腰掛けている薪に、青木はニコリと微笑んだ。
そしてそのまま薪がすっぽりと影に覆われ「お風呂入ってきますね」と囁く声とともに、優しいキスが頬を撫でた。