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 その“存在”だけで、なぜか妙な安堵に包まれ身体の力が抜けていく。

「薪さん、お疲れ様です」

 テーブルセッティングをし終えた大男が、驚く顔の薪を見返して、愛しげに微笑んだ。

「お前……捜査に戻ったんじゃ……」

「もう片付いてますよ。急ぎあなたに報告相談を要する事項も特段ありません」

 青木は笑顔で薪の足元にいた希を抱き上げて、子供用の椅子に座らせる。

「食事、仕込んでもらってて、ホント助かりましたよ」

「礼を言うならおバァちゃんだ、僕は何もしていない。汁物は昼食の残りだし」

 優しく注がれる青木の視線から逃げるように、薪も自分の席についた。

「十分です。すごく美味しそうですね」

 メインは母手製のお祝い料理。倉辻にも振る舞う華やかな“ちらし寿司”だ。
 夕食も見越して薪が拵えたのは、希の好物の鮭とほうれん草の豆乳汁。
 さらに、香ばしい匂いを漂わせた大好物の“ささみコーン揚げ”がつけ加えられているのを見つけた希は、キラキラと目を輝かせている。
 全くもって“希ファースト”を絵に描いたような、子煩悩なテーブルだった。

「さあ、いただきましょうか」

 三人は手を合わせてから、それぞれに箸を取る。

 初めて見る綺麗なちらしを目で楽しみつつ、味や食感にも興味津々な様子で口に含む希を、眺める薪の頬が緩む。
 今日二度目の登場となる豆乳汁も、具材にしみた旨みの幅を広げるコンソメの隠し味が加わっている。
 そして、ささみコーンを口にした時の希の顔といったら……心のシャッターしか切れないのが悔しいほどの可愛さで。
 食事より先に幸せでお腹がいっぱいになりそうな食卓が、今や薪の生活の一部になっていた。
 
 そんな中で感じる懸念点と言えば、希のこと。
 生まれたときからダントツ1位の信頼度を得ているのだが、大好き度はパパに僅差でリードされてる気もすることだ。
 つまり、血は争えない。
 父の俊を慕っていた昔の自分を見せられているようで、いつも照れくさい気分にさせられるのだ。



「おい。お前、これ……」

 台所で後片付けをしている青木に、血相を変えた薪がプリント台紙を手に近づく。

「ああ、今日撮った写真ですね」

 辺りを彷徨う薪の視線が、青木の足元で止まって緩む。
 さっきから姿が見えなかった希が、案の定パパの股下を潜り抜けて遊んでいるのを見とめたからだ。

「わざわざこんなショットを選んで……おバァちゃんが心配しやしないか?」

「そんなこと関係ないですよ。だってこれ、めちゃくちゃ良いじゃないですか」

 洗い物を片付けた青木が、タオルで水気を拭った手に取った台紙を広げて、目尻を下げる。
 視界が捉えているのは、希を自分が抱っこして、舞と薪が手を繋いでみんないい顔をした家族写真だ。

「良くないっ、希は3歳だぞ。お前が甘やかしすぎるからこんな……」

「え、何言ってるんですか。薪さんの子どもだからですよね?」

 足に絡まる希ごとリビングに移動する青木を、しかめっ面の薪が追ってくる。

 ソファに座って自分のスマホを手に取った青木は、隣に腰掛けた薪に“ある画像”を画面に出して見せた。

「ほら、これ……」

「……!!」

 信じられない。
 画面を覗き込んだ薪は、まるでユーレイの写真でも見たかのように、目を見開いて固まった。

「お前……この画像、どこから……」

「いや、薪さん、ご家族の写真残ってないって仰ってたんですが……鼓海さんの昔のスマホデータを涼さんが持ってて……」

 遡ること35年前に、母・琴海が姉に共有した画像。薪俊一家三人で写った自分の七五三写真に、薪は瞬きも忘れて釘付けになっている。
 残っていたのは嬉しい。が、滅茶苦茶恥ずかしい。
 そこに写る3歳の自分は袴姿で、俊に抱っこされ、琴海に寄り添われて……希とそっくりのご満悦顔で笑っているのだから。

「……これは、いつ入手したんだ?」

「え……っと、先週? 先々週かな?」

「どうしてこのこと・・・・をすぐに言わなかった? さては希の甘えん坊が僕のせいだという動かぬ証拠を突きつけるタイミングを見計らっていたんだな?」

「違いますよ、ママ、ちょっと落ち着いて……」
「ママって言うなっ」

 ワナワナ震える薪の手首を、携帯を投げられないように青木がそーっと掴む。

「涼さんが、黙って俺に共有すると怒られるからって……あなたへの申し開き方を考えていたんです」

「だったら共有なんかしなきゃいいんだ」

「俺が欲しくて拝み倒したんですよ。てか、薪さん……共有して良いかって涼さんに予め訊かれたって、絶対許可しないでしょう?」

「……する……わけ……ない」

 “これ、剛に先に見せたら、絶対青木さんに見せるなって言われそうだよね” と、先月の在宅勤務中、食材を届けにきた涼に見せられた幻のお宝画像。
 デレデレになって眺め、涙ながらに欲しがる青木に渡さないわけにもいかないし、薪に知らせないままでいるわけにもいかない。

 “まあ、七五三までには、私から写真の存在と貴方に渡したことを伝えるよ”と涼は青木に言った。同時に“言えなかったらごめん。その場合はそっちでなんとか剛の機嫌取っといて”とも付け足して。
 だから、七五三まで薪には黙っていたのだ。


「あれぇ、これノゾミ……じゃないよね?」

 青木の膝によじ登ってきた希が可愛らしく首を傾げて、スマホ画面を覗き込んでいる。

「ねぇ、これ、もしかしてママ?」

 希はパパとママのある意味平和な衝突をむしろ楽しんでいるかのように、二人の顔を交互に見上げて「かわいいね」とにっこり微笑んだ。

「…………!!」

 そして、本件に限っては「かわいい」で済んだらケーサツはいらないらしい。
 すべてが丸く収まるどころか、お花畑になってしまうのだから。
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