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 違う、青木じゃない。おかしいのは明らかに自分の方だ。
 青木との子を成すことを誰より望んだくせに、自分のルーツに関する不安を今さら突きつけるなんて、身勝手が過ぎる。なのに、さらにこんな・・・状況――

「薪さん……」

「……ぁ……っ」

 熱い肌から着衣が奪われる心地よさに、思わず漏れる吐息。
 力の抜けた両脚からズボンとともに、下着がすり抜けていく。

「さっきあなたは……」

「……よせっ……はぁ……」

「希に、何を見てたんですか?」

「……何でも……ないっ」

 震える脚の間に乗り上がる大男の重みと熱に、薪は全裸の身体を震わせながら首を横に振る。

「でも希を“その子”と呼んだ時……あなたが何かに怯えてるように見えたので……」

 組み敷かれた状態で目を見開いたまま、薪は何も答えようとしない。

 う〜ん……と寝言が聞こえ、開け放しの襖の向こうの子どもたちを青木が一瞬気にかける。
 その父親らしい横顔に、息を詰めて見惚れる薪。
 向き直って見つめられると、呼吸の再開とともに本音がほどけてぽろりと零れ落ちる。

「僕が、希に見てたのは、僕自身……」

 青木は頷いて、薪の話の続きをじっと待っていた。
 希の容姿が生みの母体である薪に似てるから、という問題じゃないのは当然わかった上でだ。

「僕から受け継いだ……殺人者の遺伝子だ」

 一組織時代の連中なら、2035年薪家で起きた夫婦心中事件のことは知っている。
 ただそれが殺人事件で、犯人が薪の実父であったことは、死んだ親友以外誰も知らないはずだ。
 不穏なルーツを口にした理由は一つじゃないけれど、かけがえない希の親である青木に隠したままではいられない気持ちが引き金になったのは確かだ。

「なぁんだ、そんなことですか」

「っ、そんなこと……ってお前……」

 普段、仕事でもプライベートでも、互いの理解に多くの言葉は要らない。
 必要な二言三言だけ紡ぎだせば、あとはするすると連鎖的に、手に取るように視えてくるから。

「驚かないのか?」

「……なんとなく……知ってました。前に鈴木さんの脳を見ましたし」

 そういえばこいつは亡き親友の、当時捜査可能な五年分のデータを見ていたんだった。つまりその間行われた澤村さんの十三回忌のことだとか、捜査上ごくたまに零した断片的なやりとりも含め……繋ぎあわせて青木に悟られていたのだと思うと、がっくりと力が抜けた。
 どうして云わなかったんだ……なんて、こちらが詰れる立場でもないのだけれど。

「あなたや希は罪を犯してないし、俺にだって人を殺す可能性はあるんですよ」

 夜なのに降り注ぐ陽光を見上げる気分で、薪は青木を眩しく見る。
 これ以上もなく愛しげに薪を見返しながら、青木は大真面目に熱く語った。

「これから先も、お互いをそういうものから守るために、こうして家族がいるんだと思います」

「そんな……簡単なことじゃ……ないっ」

「わかります。でも愛だって幸せだって、コントロールできないのは同じじゃないですか? 俺はあなたにどれだけやめろと懇願されても、あなた自身や、あなたの血を引く子どもを愛さずにはいられないんですよ」

 愛しさに押し潰され苦しげな声を零す唇が、薪の額に押しつけられる。その熱と熱い息に、絡まっていた思考さえ溶かされる気がした。

「すみません。あなたが苦しんでるのに、能天気なことばかり。でも愛しさがとめどなく湧いてきてしまって抑えがきかなくて……」

「……ふ………クスッ」

 家族との暮らしはいつも、愛情や幸せとにらめっこしてるようなものだ。
 善人だって悪人だって笑ってしまえば負け。
 ひとときだけだとしても、爪も牙も刺さる棘も身ぐるみ剥がされて、愛の中で揉みくちゃになり、幸せのなかに埋められてしまうのだ。

「もういい、わかった。お預けは解除だ。後はお前の好きに……」

 本当に、この堪え性のなさには呆れてキュンとせざるを得ない。
 両手を伸ばして眼鏡を外してやった瞬間、言葉を遮る勢いで裸の胸に顔を埋め、熱情の赴くまま貪ってくるのだから。

 可愛さが込み上げて堪らなくなった薪は涙を滲ませた苦笑交じりに、青木の呼吸を妨げるくらいに強く、両腕でその頭部を抱きしめた。
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