2

「……ん……んっ……はぁっ」

 深くて長い口内の詮索に溺れる薪が、呼吸を求めて身を捩り、キスから逃れる。

「すみません……息継ぎのタイミング、とれなかったですよね」

「……」

 それだけじゃない。息苦しくなるほど膨らむ胸と、高鳴る鼓動もままならないのだ。

「薪さん、いいですか? 俺が唇を離した隙に息吸って……」

「……っ、もういい!」

 薪の手が、息継ぎのレクチャーを始める青木の口を押さえて引き離す。
 一回り年上の恋人を掴まえて失敬な……と内心憤ってみるものの、不慣れなのは事実だ。でも教えられるのは癪に障る。


「……すみません、さすがにお疲れでしたよね」

「えっ……」

 やけにあっさり引き下がる青木に、今度は動揺が隠せない。こいつの身体が燃えてるのは、乗り上がられた重みと圧される硬さで分かるからだ。

「すみませんでした。希のことも、午後からほとんど任せきりでしたし……」

「おい、待て、どこへ行く」

 青木はドキリとして固まった。
 ベッドに面した襖を開ける手に、薪の両腕が思いきりしがみついたから。

「ど、どこへも行きませんよ。希の顔を見て少し落ち着こうと思っただけで……」

 それ以上喋れなかった。
 頬を上気させた薪が潤んだ瞳で見上げ、物言いたげにゆっくり首を横に振る。
 いくら鈍くたってこんなの絶対わかる。香しいフェロモンを滲ませ、誘われているのだと。
 痛いほど昂る鼓動と下半身、そして頭のネジまで今にも飛びそうになっている。

「お前は……」

「はい」

「この機をみすみす逃すつもりなのか? 希が起きて泣いたら? 明日早々に福岡で大事件が起きたら? それにお母さんや舞の助けがあったから僕は疲れてなんかない。むしろ休息できて力が有り余るくらい……」

 喋りすぎに気づいた薪が、ハッとして言葉を呑み込む。が、もう遅い。
 愛しげに笑いを噛み殺している青木の前に、ただ俯くしかない。

「それは失礼しました。では遠慮なく……」

 開けた襖から手を離し、しがみつく薪の身体を絡めとるように掻き抱いて、大きな身体ごとベッドに沈みこむ。


「ハァ〜、改めて、こうしてゆっくりできるのって、初めてですね」

 着衣をやんわりと剥いでいき、熱にうち震える肌を撫で回しながら、青木はうっとりとため息をついた。

「嘘つけ。年越し前にもお前はここで存分に……」

「いえ、あの時は夢中でしたから。今後のことも決まってなかったのに、とにかくあなたが欲しいばかりで……」

「今は? 欲しくないのか」

「意地悪言わないでください。欲しいのと同じくらい愛しいんです。触りたくて仕方ない。あなたのお顔も肌もこんなに綺麗だから……ナカに溺れる前にじっくり味わわないと」

「バカだな」

 強気な言葉とうらはらに、指や舌に弄ばれる胸元をびくびく震わせ尖らせて、ついには腰まで浮いている。

「っ……悠……長にしてると……途中で呼び出しでもくらって……」

 こんな身体にされたまま中断するのを危惧してるのだろう。でも、そうなったらそうなったで仕方ない。
 自分の愛撫にこれ以上なく過敏に応えてくれる肌を、おざなりにやり過ごすことはできない。
 だって薪さんが。あの薪さんが、艷やかに悶え肌を粟立て、切なく甘く息を吐く。それをじっくり受け止め味わいながら、繋がりたいのだ。

「……チュ……はぁ……」

 胸元からキスを這わせてもう一度唇を重ねながら、枕の下に手を入れると、何連もの避妊具がまた補充されている。さすが薪さん、ぬかりない、というか……ん?

「あの、そういえば薪さんって、もう……」

「……?」

「いえ、二人目ガンバルとか……そういうおつもりなどは……」

「っ、あいにくだが、実験終了後に体は元に戻した。前に言っただろ」

「……ええ、そうでしたね」

 可愛い涙目で睨みつけてくる薪に、ニマニマと頬を緩めながら青木は答える。

「……? 何だ、気持ち悪いな」

「だって、俺たち最初のセックスで子宝に恵まれるなんて、凄く運命的ですよね。やっぱり希は俺たちに会いたくてソッコー薪さんのお腹に宿ったのかなって……」

「……そうだな」

 気を良くした青木のキスが、身体のあちこちに降り注ぐ。
 あの実験における受胎の仕組みはヒトと違い、性交の刺激で排卵するという機能的なものなのだが。まあ今さらムキになって訂正する必要もないので、喜ばせておこう。
 調子づいた愛撫が一気に深くなり、薪の反応が更に熱っぽく追い詰められて、余裕ないものになっていく。

「……あっ……そ……こっ……」

 後ろから弄られる音を体のおくで聴きながら、身体のラインを舐めるように這い降りてくるキスに、丁寧に下腹を撫でられる。

「薪さんが俺の子どもを産んでくれた奇跡だけで幸せ過ぎます、もうこれ以上何も要らないっていうか……」

「そうか、要らない・・・・んだな」

 含みのある言葉になんとなく嫌な予感がしたのか、吸い付いた唇が薪の肌から離れた。

「どういうことです?」

 脚の間から、青木が訝しげな視線を寄越してくる。それを見下ろせば、物欲しげに濡れてそそり勃つ自身と愛する男の真顔が一緒に目に入って、思わず視線を逸らした。

「M.D.I.Pの同僚から、お前宛にクリスマスプレゼントが届いていたんだが」

「はあ……俺に、ですか?」

 上擦りを抑えた声で、薪は極力事務的に云う。

「うん。希を宿してから出産まで……立ち会えなかったお前に同情したそいつが記録した動画のようだ。要らないと言うのなら……」

「もぉっ!だからどーしてそんな意地悪言うんですか!? 見たいに決まってるでしょう!!」

 半泣きになって訴える青木が、開脚した薪の上に勢いよく覆い被さってくる。
 とうとう来る、と待ち望んだ青木の熱と圧倒的な質量に拓かれようとしている薪の身体が、甘酸っぱく締め付けられるように疼いた。
5/5ページ
スキ