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 これこそがこの家の、最後の関門だろう。

 そ〜っと襖を開けて隣室に忍び込んだ四人は、希の眠る布団を囲む。

 ぽかんと口を開けて、綺麗な幼子に見惚れる母と舞。
 抱き上げたくてウズウズしている青木の隣で、薪も甘ったるい表情で我が子を見おろしている。

「ねえ、コーちゃん……このコってホントに男の子なの? まい、こんなかわいいコ、絵本でもみたことない」

 興奮気味な舞の声や、皆して前のめりで覗き込む気配も全く関知せずに眠る希を見て、薪が首を傾げ、青木が苦笑した。

「希は全然起きないな」

「ええ、誰かさんに似たんでしょう」

「??」

 “のぞみ、ただいま” と囁きながら希を撫でる大きな手。
 温かい声に薪がうっとり耳を傾ける。と、同時に希もぱっちり目を開けて、舞が歓声を上げた。

「かわいい!ノンちゃん、すっごくかわいいよぉ」

「母さんも抱いてみますか」

「あ〜ん、舞もぉ!」

 無邪気にはしゃいで希を可愛がる青木と舞。
 一気に押し寄せる幸せに思考が追いつかない薪と、涙を流して喜びながらも遠慮がちな母。
 正しい答えは一つじゃない。これが自分にとってこの上ない幸せのかたちであることは、薪にもわかる。
 このかたちの一部に溶け込んでいくうち、自分の出生のわだかまりまで姿を変えていくような気がして……これは錯覚なのだろうか。



「すまなかったな、柄にもないことをさせて」

「え?」

 明かりを落とした静かな空間。
 薪の温かいもてなしと希の可愛さを堪能し、大満足した母と舞がぐっすり眠っているだろう。

「お前は言い訳をしない男なのに」

「……言い訳?じゃないですよ」

 薪を大事に閉じ込めるように、背中から青木の腕が回る。
 この日のために薪は頑張り過ぎている。快適な母の居場所、夕食に取り寄せた上品な寿司、気持ちいいお風呂、その後出てきた美味しい小豆茶も……細やかに母や舞をもてなすために、どれほど心を砕いたかがわかる。

「希は俺が望んだ子なのは事実ですから」

「……」

 暗闇の中、頭頂から降りてくるキスが首筋に押しつけられる湿った音に、薪は身を竦めた。

「ばか……っきこえ…る……っ」

 いつのまにかパジャマのボタンが外されて上着が腰までずり落ち、露わになった背中を熱い舌が撫で回している。

「これなら……聞こえないですよね」

「……っ……それも……ダメだっ……」

 響くのはリップ音だけじゃない。
 蕩けた背中を預けて座る薪の脚の間に這い入る手の中で、自身の屹立が奏でる淫らな音。
 恥ずかしくて仰け反れば、腰の辺りに当たる硬くて熱いモノに押し返されて力が抜ける。

「俺の部屋……行きましょう」

「……いや、きょうは……やめよう」

「……やめる……って……」

 お預けをくらった大型犬は、蜜に塗れた手の内に薪の芯部を包んだまま耳元でせつない息を吐く。

「そのまま……だ」

「え、ソノママ……」

 棒読みで繰り返す青木の指先が、行き場に迷って“薪の先端”をくるりとなぞる。

「あっ……」

 自分の口を手で覆い震えながら興奮を抑える仕草が可愛くて、青木は言いつけどおり “そのまま”布団に横たわり、希と一緒に薪を挟んで川の字になった。
 爆発しそうな発情が滲む肌を暴かれ愛しい凶器を押しつけられたままで、安らかに眠れるはずもなく、薪はしばらく途方にくれる。

 う〜ん……
 と、寝言交じりに、悩ましい身体にお構いなく潜り込んでくるのは希だ。
 その小さな温もりを抱きとめた薪の身体を、青木が乱れたパジャマを着せ直し、希ごとぎゅ〜っと抱きしめてくる。
 腕の中の愛しい熱と、包まれる心地よい圧力の中で、薪は目を閉じ大きく長い息を吐いた。


「……どうなんだろう……」

「……はい?」

 ため息みたいに小さく漏らす薪の言葉を掬い取ろうと、青木が頬を擦り寄せた。

「お母さんの本音は……」

 薪の頬を撫でる唇がくすりと笑みを浮かべた。

「それを知ってどうなるんです?」

 背中から回る大きな手が、自分越しに埋もれた希を撫でる。
 その大きな手のあたたかい感触が、ふと “あの日” の下腹に添えられたぬくもりに重なって、心がほどかれていく。
 
「泣いて喜ぶ母さんの顔、俺には文句無しに幸せに見えましたよ」

「……うん……」

「俺もすごく幸せです」

「……うん」

 たしかにそうだ。自分自身さえ掴みきれない“本音”など、そもそもがあやふやなものだ。探して見つかるものでも、突き止めて手応えあるものでもないだろう。

「おやすみなさい」

「……おやすみ」

 ぼくも しあわせ だ。と心のなかで呟いてみる。
 まだ口にする勇気はないけれど。
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