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「ねぇ、コーちゃん。はじめに言うのって “あけましておめでとう”かな? それとも“はじめまして”?」

「どっちでも、舞の好きにすればいいよ」

 年が明けた正月三日。舞と手を繋いだ青木は、訪問着姿の母を伴い、荻窪薪邸の門をくぐった。

「えっ、ちょっと、一行? この御屋敷は……」

 立派すぎる邸宅に怖気づく母の気持ちはよくわかる。福岡でもこんなに立派な家が建ってたら驚くのに、ここは都心の一等地。
 だが、まだそれは第一関門、笑顔で越えなければ次がもたない。

 インターホンを鳴らすと、性別年齢国籍すべてを超越した美しい人がスーツの正装で現れる。それが第二の関門だ。

 目の前に佇む薪の美しさに息を呑む舞と母に挟まれ、慣れている青木ですら、ドキドキと胸を高鳴らせている。
 脳内にお花が咲き誇り固まる祖母と叔父を差し置いて、口火を切ったのは舞だ。

「……マキちゃん、あけまして、おめでとうございます。あのね、マキちゃんってやっちゃんのお友達でしょ? まいもなの」

 さすが、しっかりものの姉の血を引く娘。はじめましての挨拶と自己紹介をすっ飛ばしてるが、朗らかな積極性は大したものだ。
 我に返った青木も慌ててフォローする。

「薪さん、あけましておめでとうございます。改めまして、こちらが母でこの子が姪の舞です」

「薪剛です、はじめまして」

 青木家の三人をにこやかに見渡して頭を下げる優美な仕草に、一同はうっとり息を呑む。
 本当に新年明けてまだ真冬だというのに、この玄関先はすっかりお花畑と化していた。

「薪さん……いつも、一行がお世話になっておりまして」

「いえ、こちらこそ。どうぞ上がってください」

 母につられて青木も舞も深々とお辞儀しながら、薪に導かれて家に上がった。

 
 あれ、薪さん、いつの間に――
 畳の居間はいつの間にかこたつや座椅子、テレビまで設置され、母の居心地が良さそうな茶の間になっているのに青木は驚く。
 “今夜だけでも泊まっていただこう”と、事前の電話で青木を押し切ったのは薪だ。遠路はるばる会いに来た初対面の孫と、少しでもゆっくり過ごしてほしいという薪の心遣いを、ありがたく受け止めてはいたのだが。


「すみません……!」

 青木と舞はギョッとして目を丸くする。
 にこやかに居間に入るやいなや、また母と薪が正座で向き合うのだから。
 土産を差し出す母を前に、同時に薪が畳に頭をつけて土下座したのだ。

「このたびはご挨拶が遅れたばかりでなく、僕の身勝手により、大事なご子息との間に授かった子については……」

「ああえっと、母さん。年末話した通りです。俺が望んだ・・・・・薪さんとの子どもを、特殊な技術でめでたく授かったんですが……生まれてしばらく海外にいたので心配かけると思って。挨拶が遅れたのも、帰国して落ち着いてから、と考えてたからで……」

 土下座の薪と、三つ指ついて深く座礼している母の間に慌てて入った青木が、双方の肩を支えて姿勢を戻させる。

「あんたねぇ、私が心配性だからって、いくらなんでも気を遣い過ぎよ」

 笑顔の下でどこか物言いたげな表情の母を遮って、舞が青木に飛びついてくる。

「ねえコーちゃん、サズカッタってなぁに?」

「う〜ん……おウチに赤ちゃんが来ることだよ」

「あ、そっか!それってマキちゃんのおウチにきたノンちゃんのことだよね!?ノンちゃんどこ!?」

「舞。シ〜ッ…」

 人差し指を唇の前で立てて、青木は舞をたしなめる。
 明るく張り上げた声に、襖の向こうを気遣うように送られた薪の視線で、気づいたからだ。

 閉まった襖の向こう側には、きっと愛しい希が昼寝をしているに違いない。

 我が子のかわいい寝顔を思い出し甘〜い父の顔になる青木を盗み見た薪が、頬を緩めて口を開いた。

「いいよ、舞ちゃん。そろそろ希を起こしにいこうか」

 その申し出に、舞だけじゃなく、青木も母も腰を浮かして大きく頷いたのだった。
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