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 今の二人の、ゆっくりしたい“すきなこと”は、ただ一つだ。ぴったり合致する“すき”を求め合える幸せを、噛み締める余裕すらないけれど。

 触れる薪の肌はどこも極め細やかで、漏れる吐息や纏う空気は高貴で芳しく、青木の心身を惑わせる。
 抱き合い交わす深い口づけは、焼き立てのフォンダンショコラをホットラムと一緒に含んだように、濃厚な甘さで溶け合い、互いの熱をとめどなく昂らせるばかりだ。

 本当は全身をとろかすまで隈なく味わいたい。
 でも病み上がりで、在宅とはいえ今日一日仕事も家事も育児もこなした薪に、無理は禁物だ。

 そんな理性に反して、隔てられていた一年の空白を、互いの身体が一刻も早く埋めたがり、続きを急き立ててくる。
 片や一夜限りと言い渡されて。もう一方では“授かる”ための必死の交わりに賭けた、あの晩の肌の記憶。
 突き放す言動の裏で、より深く愛されていたのなら尚更……もう一度薪の身体のナカで、それを確かめたい。

「……そこっ……触るなっ……奥だっ……早……くっ」

 昨夜だってこうしてるだけで逝ったくせに、果敢な要求を突きつけてくる薪。
 背中に爪を立てて煽られながら、急ぎつつ丁寧に結合の入口を解した青木が、付け根まで潜らせていた複数の指をずるりと引き抜くと、声にならない悲鳴とともにしなやかに細腰が浮いた。

「あの、避妊具を……」

「っ……まくらのした……」

 抜かれた指の余韻に堪える背中を支えつつ、用意周到さに感心しながら枕を持ち上げた青木は固まる。連なったコンドームが……六個!?
 え、こんなに使っていいんですか? 俺は頑張れますが、希がいるし、あなたも本調子ではなく……
 
「どうした、早く着けろ」

 覚束ない手でソレを取り上げた綺麗な指が、震えながらも器用に中を取り出し青木にとりつける。
 ああ、穢れた目でこの人を見たくないのに、その仕草はどうしたってエロティックだ。自身を貫き虐める凶器の準備を自ら整える手つきに反応し、昂りがさらに増幅してしまう。

「お前、二つや三つだと、指令と勘違いしそうだからな。まあ半ダースも置いておけば、さすがにそういう発想にはならないだろう」

 ああ……そういうことですか。
 青木は赤面しながら、四肢で抱きつく薪の腰を掴み、互いの上身を起こして、座位で深く潜り込んでいく。
 きつく呑まれる薪のナカは気絶するほど気持ちいいが、じわじわと湧いてくる羞恥が青木の冷静を保たせていた。
 二つだと“今夜は二回ヤレ“、三つだと“三回ヤレ”の命令だなんて……俺が思うっていうのか? 
 さすが薪さん、何でもお見通しだ。
 六個だろうと“六回!?”と反応した自分の、薪の想像を上回る単細胞が、我ながら恥ずかしすぎる。


「……ふっ……ぁ……っ……」

 奥まで馴染むのを待って、先端を掘るような微動を始めれば、肩に齧りつく薪のくぐもった甘い喘ぎが零れ落ちてくる。

「薪さん……もっと奥……行きますね」

 体制を後ろからに替え、長いストロークで形の良い臀部を穿つ。

 汗ばむ上体が倒れ込むように薪を覆い隠し、閉じ込めた身体の内に激しい律動を刻む。荒い息と鼓動に包まれながら薪はうっとりと全て委ねていた。
 されるがままに身体を開いて、受け入れる快感。 
 授かるための切実な交わりがメインディッシュなら、愛されるためだけの交わりは極上のスイーツや美酒の類だろうか。節操ない甘ったるさが、癖になりそうで怖い。
 
 若く有り余る男は堪え性もなく度々体位を変え、いろんな角度から薪を味わおうとする。が、薪の感度がキャパを超えるのに、そう時間はかからなかった。

「あ……おきっ……いっしょ……にっ……」

 自分の命令に絶対服従する男を、こんなに上手く操るテがあるとは。
 その一声でいつでもついてくる。
 好きな男が自分のナカで到達する熱い脈動と、自らの吐精を同時に味わえる快感のあまり、繋がったまま崩れ落ちながら、薪は口元を弛めた。


「とりあえず、落ち着いたら一旦福岡に戻ろうと思います」

「ああ、そうした方がいい」

「福岡で年越しながら、薪さんと希のことを母と舞に話します。それで、元々二日には倉辻の家に行く予定なので、三日にここへご挨拶に寄らせていただいてもいいですか?」

「……は? ご挨拶?」

 そういえば今日、青木が岡部に何を話したのかまだ本人の口から聞いていない。
 ただ、岡部からは夕方早速、配属替え願いが出ていた。来年の四月から二年間、第八管区に赴き、今井とともに西の捜査網を強化したい、と。
 第三管区、所長直下には若手の青木を置く。薪のもとで、二年後どこの管区に赴任しようと管外をも束ねられる司令塔を鍛え上げるためだ。

 そのあと青木の鼓動とともに鼓膜に届くピロートークみたいな報告も、岡部の申し出と相違なかった。
 でもさらに深く、無防備な薪の深層に、図らずも踏み込む言葉が続く。

「家庭を持って子育てもしながら、仕事にも打ち込める、新しい時代の第九を創る。それがあなたの“願い”でしたよね?」

「……っ……」

 ああ、今はまだ喋らないでほしい。
 このタイミングで畳み掛けてくるのはずるい。
 ついさっきまで繋がっていた身体のナカが、青木の声の熱に勝手に共鳴して、拒むことができないから。

「これを機に現場を室長陣にもう少し任せれば、あなたは組織を変えることにも力を入れられるかと……」

「……待て、それは……」

「俺なら出来ると言ってくれましたよね? だったら証明します。第九の発展に努めながら、俺はあなたと、舞と希と……家庭を持って幸せになります。そのためにも、ここで一緒に暮らさせていただけませんか?」

「……!」

 こういう話を、薪が苦手なのは知っている。
今だって、あからさまに目を見開いて、人形みたいに固まっているし。
 それでも、ここに辿り着きたかった。
 希がいる時点でもう、薪は青木の幸せの共犯者なのだ。
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