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「寝たのか」

「……えっ?」

 薪の意味深発言に惑わされ煩悩に溺れるパパの腕の中で、幼子は安心して眠ってしまったようだった。

「そのまま布団に寝させて、風呂に入ってこい」

 希の寝顔を覗き込む栗色の髪から香る薪の匂いが鼻腔を擽る。
 希と同じなのに違う。赤ちゃん特有の匂いとベビーソープに交じる薪のむせかえるほどの色香が、青木の昂りをさらに掻き立てた。

「あ……はい、そうします」

 ままならない欲情に声を詰まらせながら、青木はわが子を布団へ運んでそっと横たえる。
 薪とそっくりな、かわいらしく整った顔を見つめ、ふわふわの髪と頬を撫でる。こんな愛しい子をこの世に送り込んでくれたママには、感謝してもしきれないな……と目を細めながら。
 ああ、でも、こんな清らかな子を目の前にしてるのにカラダの興奮が収まらないなんて。俺が節操ないのか、薪さんの魅力が甚大すぎるのか。

 
 風呂上がりの食卓には、ほうれん草と鮭の和風クリームシチューが盛り付けられていた。
 希と取り分けて食べたであろうメニューに、だし昆布が生姜和えになって大人用に一品加えられているあたり、さすが気も利いている。

「明日は休日だし、一杯どうだ」と、美しすぎる笑みで硝子の猪口を渡されれば、断る術もない。
 愛する人の手料理に合う、華やかで清涼な味わいの日本酒は、一杯で済むはずもなかった。

 気づけば薪も一緒に飲んでいて、よく似たテイストの部屋着を纏った青木も、まるで夫婦で晩酌しているつもりになって浮かれている。

 朝方岡部に語った人生設計についてはまだ切り出せずに、今日の職場や仕事の他愛ない話が続いていた。  
 上司と部下だからこその内容なのに、そこに情愛や欲望が絡んだってびくともせず違和感もないのが不思議だし心地よかった。が、薪の上気した肌や潤んだ目、艶めいた唇に、青木の我慢も限界が近い。
 

「薪さん、どこ行くんです」

「のぞみの様子……みてくるだけだ」

 さっきから自分の隅々まで這う物欲しげな雄の視線。
 こっちも堪らなくて立ち上がるのを制するように手首を掴まれた薪は、中腰のまま固まった。

「希なら俺、さっき見てきましたよ。オムツも替えたし、よく寝てます」

「っ、離せ、だったら僕はもう一度風呂へ……」

 視線から逃れても、カラダに響いてくる真直な声にやられる。手首を掴む大きな手のぬくもりや強い力もじわじわ肌に滲みてきて、砕けた腰がすとんと椅子に戻った。

「湯冷めしたんですか?こんなに肌、熱いのに?」

 今度は青木が腰を前のめりに浮かして、テーブルの角を挟んで座る薪をの顔を覗き込んでくる。
 手首を解放されたかと思うと今度は両肩を掴んだ大きな手が、背中や二の腕を撫で回しはじめるから堪らない。

「……やめ……ろっ」

 薪は首を横に振り、飛び退くように離れようとする。

「お……っと……危ない」

 その勢いで傾く椅子を瞬時に手で止め床に寝かせ置き、青木はもう片方の手で掴まえた薪の身体を拐うように抱きしめる。
 危ない、と言ったのはおそらく椅子が倒れて音が立つのを懸念したのだろう。
 育児に慣れた若造が、その隙間で薪というご馳走にありつくため必死になる様相に、ロックオンされた薪はもう動けない。

「薪さん、俺もう我慢できません。行きましょう」

 ああ、運ばれて流されてしまう……行き着く先は欲望の泥沼しかないのに。

「あなたが用意してくださった大人の空間で……ゆっくり好きなことしたい」

 希の眠る部屋を通り過ぎ、奥の布団に降ろされる。と、同時に着衣を剥ぎ取られ欲情をさらした薪の肌に、自分の着衣を脱ぎ捨てた青木の熱い肌が、求めるように擦り合わされる。

「……っ……あ……」

 その生々しい肌の接触だけで上り詰めそうになって浮く腰が、伸しかかる青木の怒張の塊に圧し戻されて布団に沈んだ。
 もうムリだ。抗えないばかりか、欲しくてたまらない。
 薪は全身を震わせ、青木の背中に回した両手で“欲しいもの”に夢中になってしがみついた。
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