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 今日は12/25、金曜日。
 病臥している薪はもちろん、昨夜看病に駆けつけた青木もさすがに出てこれないだろうから、年末までの数日間、自分が第九全体をカバーしようと覚悟していた岡部だったのだが――

 早朝の通勤中、滞積していた薪への決裁依頼や報告事項への返信が、怒涛の勢いで次々と戻ってきている。
 さらに、捜査室に足を踏み込めば、自席の横で昨日と同じ服の大男が直立不動でキリッと待機していた。
 な、何が起こってるんだコレは?

「岡部さん、おはようございます!」

「お、早う」

 薪さんの調子はどうだ、なんて聞くまでもないだろう。むしろこの二人の妙な勢いの良さが、朝っぱらから気味悪いくらいなのだ。

「あの、ちょっと相談があるんですが、手が空いたら三十分ほどお時間いただけますか?」

「ああ、何なら今からでも……いや、五分後にしよう」

「はい。では室長室でお待ちしてますね」

 岡部は仕事に取り掛かる捜査員たちの席を回り、必要なやり取りを済ませると、いそいそと室長室へと向かう。
 青木の口から只事じゃない何かが語られる気がする。
 その予感は的中した。


「突然にすみません。仕事の相談なんですが、それ以前にプライベート……というか、男同士の話です……」

 いつも単刀直入の青木が前置きするなんて珍しい。と、身構えるやいなや、衝撃発言が投下される。

「実は俺の子どもが生まれたんです」

「……ハア?そんなの、ずっと前から……」

 “やっちゃん”と無邪気に懐いてくる幼女の笑顔を思い出して気を落ち着かせながら、岡部は一旦話を押し戻す。
 心の準備のための時間稼ぎのようなものだ。

「そうじゃなくて、俺がずっと想っていた人との間にいるんです、実の子が」

 毛むくじゃらの手が“ちょっと待った”と青木の話にストップをかけ、もう片方の手で俯いた顔を覆い、長い沈黙が続く。

「えーっと、お前には三好先生以来、そういう相手はいなかったんじゃないのか?」

「その通りです。ただ、長年家族のように大事に、熱烈に想ってる人がいまして……」

「ま、まさかとは思うがお前……」

 深呼吸の後、岡部は顔を覆っていた手をどかして上げた視線を青木と合わせる。

「その人に宛てて“手紙”を書いたりしたことあるか?」

「え?ありますよ?返事は貰ってませんけど、今回それ以上の……って、え!?なんで岡部さんが手紙のこと知ってるんですか!?」

 岡部の目は虚ろに泳ぎ“その人”の名を伏せたまま、会話をなんとか継続する。
 特定してしまったら即座にキャパオーバーになるから、あえて特定するのを避け続けているのだ。
 “その人”が、今のこの男と同じかそれ以上の深い想いをずっと前から抱いてることにも薄々気づいていたし、それがダダ漏れる場面も垣間見てきたのだけれど。

 どう考えたって理解を超えているのは、実子の話だろう。
 子ども、って何だ?? しかも実子だぞ??
 青木が若い頃騒いでいた “◯さん女の子説再浮上”ってか?? まさか、ありえない!!
 あの人が妊娠とか出産とか……いやそれ以前に青木と××したとか……!!

 頭の中を飛び交う刺激的な伏字や18禁妄想が飛び交うなかで「第三に異動したいんです」という青木の申し出は、もはや比較的受け入れ易い事柄になっていた。

「期間限定でもいいんです」

「うーん、どのくらいなんだ」

「……二年間です」

「限定にしては長いな。“相手の方”に福岡に来てもらうわけには……いかないってことだもんな」

「はい、相当偉い人なので、それは難しいかと」 

「…………」

 しばらく頭を抱えた後で、岡部はぼそりと呟いた。

「まず、お前のライフプランを聞こう」


 話しながら、青木は薪とお粥を食べた今朝の食卓での会話を思い出していた。

「異動の件、お前から岡部に相談するのか?」

「勿論です、俺自身のことなので」

「なら、任せる」

 その言葉に青木は目を輝かせたが、粥を運ぶ薪の匙が止まっているのに気づいて眉をひそめる。

「全て話すつもりか?」

「……はい」

「……僕のことも?」

「ええ、あなたも当事者ですし、岡部さんには話しておかないと。帰国後あなたのワークスタイルが少し変わったこと……第三メンバーや室長陣も気づいてますけどね」

「……そうか」

 神妙な顔で頷く薪の顔を見ながら思った。
 今は上司部下じゃない。家族として薪とどうありたいかだけに、考えを集中しなくては、と。

 


 岡部と話した結論を胸に秘め、終業後、青木は愛しい二人の待つ荻窪の家へと戻った。

「ただいま帰りました」

 スイートホームに踏み込んだ青木の目に真っ先に飛び込んだのは、ダイニングテーブルにいた薪の姿だ。ボヘミアの花器に昨夜のブーケをキレイに生けるその人は、棘も毒もなく、夢のような美しさを纏っているように見えた。

「おかえり」

 食事を温めるから、と、先に風呂を勧める薪の微笑。
「パパァ……」と、床で遊んでいたわが子に膝に抱きつかれ、溢れんばかりに押し寄せる幸せに、青木は目眩した。

「お前の寝具は向こうに用意しといたぞ」

 希を抱っこした青木は、薪が指し示す部屋を覗く。そこは昨夜三人で寝た部屋の奥にある隣室だった。

「へ?俺だけ一緒に寝れないんですか?」

 トールサイズの布団に、パジャマ。色々与えられたのは嬉しいが、不服げな顔で青木が振り返る。

 目があった薪は、何故か頬を赤らめ睫毛を伏せ、思い切り横を向いた。

「大人の空間も必要だと思ったんだ。お前もたまにはゆっくり好きなこと……したいだろ」
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