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「あ……の……っ、すいません!」

 何に対して謝罪されているのかわからないまま、薪は年下男の赤面した慌て顔を、ぼんやり見上げている。

「まさか指だけでこんなことに……ていうか、そもそも体調が優れないあなたにご負担かけて、ホントすいません!今キレイにしますのでっ」
 
 体調はもうだいぶ元に戻っている気がした。
 きもちよくされたり、謝罪を繰り返されたり……色々追いつけないまま、快楽の余韻の残る下腹や股間をティッシュになぞられ、また肌を震わせる。   
 そして力の抜けた身体を優しくソファに横たえられて、青木の気配が消える。
 しばらくしてキッチンでレンジの音が聞こえたかと思うと、戻った大きな手が過敏になってる肌にホットタオルを当てるから、薪はうっとり目を閉じた。


「ふぇ……」

 どんなにとろけた心身も、不思議とこの声だけには機敏に反応するようにできているようだ。

「大丈夫。俺が行ってきます」

 寝室で希がむずかる声に身体を起こそうとした薪を、青木が制してソファを離れた。

 ああ、なんて楽ちんなんだろう。
 希のこと、自分と同じくらい強い気持ちで守ろうとする存在が共にある。
 いや、アイツがいなければ僕だって、こんなに情けない体たらくじゃないから、ある意味大変な事態に陥っているとも言えるのだけど。
 一人でいる時と二人になった時の異質な“大変さ”の、どちらが好ましいかなんて……答えはわかりきっている。

 いくばくか微睡んだ後、薪はふと起き上がり、箪笥から出した着替えを掴んで風呂場へと向かった。
 幸せの浸透力とは恐ろしい。
 熱いシャワーを浴びても、心身に染みついた浮かれ気分はちっとも落ち着かず、冷静さは迷子のままだ。


 父子が寝ている布団に戻って、表情がそっくりな二人の寝顔を、まじまじと見比べる。
 そして、心が安らかな温もりに包まれると同時に、我が子の父親として、この男を手中に収め満足している自分の身勝手さを苦い思いで噛み締めるのだ。

 青木が第三管区への異動を志願したのも、真っ当な判断であることは承知だ。
 自分と岡部が要の管区と全国を見て、東西のパイプ役に小池、西の要に今井、首都圏以北を纏める宇野がいる。
 そして青木は……所長の膝下で要の管区と全国を仕切るポストも有力視されていたが、若いうちにあえて一国一城の主として独り立ちさせようと、薪が配置を決めたのだ。
 その期待に応え、青木は柔軟な感覚で臆することなく未知の領域を拓きつつ、南から隣接管区もまとめて、しっかり第九を支えている。
 育成は思い通りうまくいっていたのに――

 すべて僕のせいだ。

 あの実験の話が持ち上がった瞬間から、青木のことが脳裏に棲みついて離れなくなった。
 後先顧みず、ただ青木のDNAを受け取りたい欲望に取り憑かれ授かった新しい生命は、いざとなれば自分一人で背負っていける、と高を括ってもいた。
 それは、生への衝動にも似ていた。
 初めて自発的に見出した「生きる」意味。

 愚かな決断もここまでくればご立派だと思う。

 青木のDNAを受け継ぐには自分のDNAも必要なことさえ、棚上げして。
 新しい生命を生み出し育むための愛情だって……こんなにもとめどないものだなんて知りもしなかった。
 結局抱えきれなくなって、青木を巻き込んでしまったのは完全なる誤算だ。
 愚かさも、とどまる所を知らない。
 溢れ出る自責の念に反して、唇は勝手に愛しさにかられ、今も青木の唇に重なってしまうのだから。

「……ん……あれ?」

 お風呂入ったんですね、ぶりかえしちゃいますよ。と、寝ぼけ眼で口づけに応える青木に、希と一緒に腕の中に絡め取られて、布団に引き込まれる。

「んんーっ」

 大人二人の熱に挟まれ暑くなったのか、希は唸りながら眠る小さなパンチやキックを両親の胸や腹にポコポコ入れてくる。

 薪はそれを擽ったがりながら、希を抱いて青木に背を向け寝返りをうった。
 これで希の脱出は成功だ。
 体勢を変えた薪の背中から、大男の腕がまた二人一緒に包み込んでくる。

「あー俺、こっちの川の字の方がスキかも」
 浮かれた声とともに頭頂に降りそそぐキス。わが子と向き合い、愛しい男に背中を預けて眠る薪も、心の中で呟いていた。
――確かにこれは、最高だ。
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