1
“う〜ん”
夢の中で薪の声が聞こえた気がする。
“のぞみ……ふろ……”
って、これは完全にリアルなうわ言、いや命令だろ!
「はいっ!只今お入れしますっ!」
湯たんぽのような希のおかげで、超気持ちいい温度になってる布団から、寝ぼけ眼の青木が転げ出る。
手探りで掴んだメガネで視界をクリアにし、暗い廊下の壁スイッチを点灯させつつ歩く青木は、思わず身震いした。
「う、寒っ……どこだ……風呂って……」
愛しい家族の住む家だが、何せ今夜が初訪問。
広い屋敷の中、ようやくバスルームを探し当てて湯を張り、寒くないよう丁寧に毛布にくるんだ薪を布団に残してそっと希を抱いて離れる。
「さあ、希、お風呂だよ」
パパ歴先輩の年下男は、手際よく “風呂入れミッション” にとりかかった。
脱衣所の床におろした希は、大きな目をぱちくりさせて “バンザイ” して、脱ぐ体勢をとっている。
なんてかわいい希! 素直なのは……もしかして俺似か?
「パァパ……」
「うん、何だい希」
「……パ、パ」
「はいはい、ってか何でこんなに可愛いんだ希は〜」
湯船のなかで青木に頬ずりされた希は、くすぐったそうにキャッキャと笑う。
希は聞き分けのいい子だし、青木も幼子の扱いには慣れっこだ。
終始ご機嫌な親子の初バスタイムは、心身ともにすっきりと満足できる至福の時間となった。
パパの大きな手に抱かれた希は、安心しきって、布団に戻る頃にはもうウトウトしはじめている。
「戻りましたよ、薪さん」
薪のいる寝床に戻り、すでに眠っている希を挟んで、背中から二人を抱きしめる。
「そういや希は……男の子だったんですね」
風呂場で発覚した新事実。 夢見心地で囁く唇を薪の首筋に押し付けながら、眠りに落ちていく青木は “薪さんそっくりの男の子だ、ヤッター!” とばかりに心の中でガッツポーズしていた。
「……あれ……?」
眠りが中断された視界が、襖から僅かに染み出す光をぼんやり捉える。横向きに寝ていた胸元からは幼子の寝息がきこえ、伸ばした腕のなかには、包みこんでいたはずの愛しい姿が消えていた。
「薪さん、起きられるんですか?」
「うん。それより希を風呂に入れてくれたんだな、ありがとう」
その姿をダイニングルームで見つけた青木は、魅入られるように立ち止まる。
第一声で子どものことを気に掛けながらも、薪は愛しげな視線は、終始こっちに注がれている。
「お前の……着替えの用意がなくてすまない」
しなびたシャツとスラックスを纏った寝起きの大男を前に、薪は甘い顔で眉尻を下げた。
「いえ、それはいいんです。薪さん、何か食べますか? 即席ですがお粥でも……」
炊飯器にご飯が残っていたのを思い出して、青木は台所に立った。 薪も黙って任せている。
真夜中の食事なんて、一人の時なら即座に断っていただろうが、今は違う。
育児のためのエネルギー補給は、文句なく必要であることを自覚しているから。
「僕の近くにいると伝染 るんじゃないか?」
「いや俺、小学生の頃から皆勤賞でインフルエンザとは無縁なんです。舞が生まれてからは念のため予防接種も受けてますし、もう無敵です」
とか言って、子どもの風邪の感染力には何故か勝てないんですけどね……と苦笑まじりに付け足す青木。
「ああ、今回僕もそれだ」
テーブルを挟んで向かい合う薪も、頷いて微笑する。
出来たばかりの入れ粥の、だしの効いたいい香りが、張っていた薪の緊張の糸を解く。
「希が園で貰ってきたのか、すずの一家まで全員やられて……」
「すず?」
「ああ、母方の……僕のいとこだ」
母である琴海の姉の名が鼓海 。その娘が“涼しい”と書いて、すず。 涼と同い年の剛を、妹夫婦が亡くなった際に引き取る話も出たのだが、色々あって叶わなかったそうだ。
「また何か力になれることがあればいつでも頼ってほしいと、僕の高校卒業まで言い続けてくれていた……まさか今さらこんな形で、頼ることになるとはな」
「涼さんのところにも、お子さんがいらっしゃるんですか?」
息を吹きかけて冷ましたお粥の匙を青木が差し出すと、薪は素直に口に入れて頷く。
「ああ。小学生の長女と、希と同じ園に年長の妹がいる。夫婦ともにリモートワークが多いから、すっかり頼り切ってしまってる」
なるほど。その一家がインフルエンザとなれば、薪が休暇を取らざるを得なかったのも、よくわかる。
「いいじゃないですか。人を頼るのも、子どもを守る立派な手段です」
薪さんは頑張ってます、希は幸せですよ。と、励ますつもりで付け足したのに、薪はお粥をもう一匙口にした後で、拗ねたように顔をそらした。
夢の中で薪の声が聞こえた気がする。
“のぞみ……ふろ……”
って、これは完全にリアルなうわ言、いや命令だろ!
「はいっ!只今お入れしますっ!」
湯たんぽのような希のおかげで、超気持ちいい温度になってる布団から、寝ぼけ眼の青木が転げ出る。
手探りで掴んだメガネで視界をクリアにし、暗い廊下の壁スイッチを点灯させつつ歩く青木は、思わず身震いした。
「う、寒っ……どこだ……風呂って……」
愛しい家族の住む家だが、何せ今夜が初訪問。
広い屋敷の中、ようやくバスルームを探し当てて湯を張り、寒くないよう丁寧に毛布にくるんだ薪を布団に残してそっと希を抱いて離れる。
「さあ、希、お風呂だよ」
パパ歴先輩の年下男は、手際よく “風呂入れミッション” にとりかかった。
脱衣所の床におろした希は、大きな目をぱちくりさせて “バンザイ” して、脱ぐ体勢をとっている。
なんてかわいい希! 素直なのは……もしかして俺似か?
「パァパ……」
「うん、何だい希」
「……パ、パ」
「はいはい、ってか何でこんなに可愛いんだ希は〜」
湯船のなかで青木に頬ずりされた希は、くすぐったそうにキャッキャと笑う。
希は聞き分けのいい子だし、青木も幼子の扱いには慣れっこだ。
終始ご機嫌な親子の初バスタイムは、心身ともにすっきりと満足できる至福の時間となった。
パパの大きな手に抱かれた希は、安心しきって、布団に戻る頃にはもうウトウトしはじめている。
「戻りましたよ、薪さん」
薪のいる寝床に戻り、すでに眠っている希を挟んで、背中から二人を抱きしめる。
「そういや希は……男の子だったんですね」
風呂場で発覚した新事実。 夢見心地で囁く唇を薪の首筋に押し付けながら、眠りに落ちていく青木は “薪さんそっくりの男の子だ、ヤッター!” とばかりに心の中でガッツポーズしていた。
「……あれ……?」
眠りが中断された視界が、襖から僅かに染み出す光をぼんやり捉える。横向きに寝ていた胸元からは幼子の寝息がきこえ、伸ばした腕のなかには、包みこんでいたはずの愛しい姿が消えていた。
「薪さん、起きられるんですか?」
「うん。それより希を風呂に入れてくれたんだな、ありがとう」
その姿をダイニングルームで見つけた青木は、魅入られるように立ち止まる。
第一声で子どものことを気に掛けながらも、薪は愛しげな視線は、終始こっちに注がれている。
「お前の……着替えの用意がなくてすまない」
しなびたシャツとスラックスを纏った寝起きの大男を前に、薪は甘い顔で眉尻を下げた。
「いえ、それはいいんです。薪さん、何か食べますか? 即席ですがお粥でも……」
炊飯器にご飯が残っていたのを思い出して、青木は台所に立った。 薪も黙って任せている。
真夜中の食事なんて、一人の時なら即座に断っていただろうが、今は違う。
育児のためのエネルギー補給は、文句なく必要であることを自覚しているから。
「僕の近くにいると
「いや俺、小学生の頃から皆勤賞でインフルエンザとは無縁なんです。舞が生まれてからは念のため予防接種も受けてますし、もう無敵です」
とか言って、子どもの風邪の感染力には何故か勝てないんですけどね……と苦笑まじりに付け足す青木。
「ああ、今回僕もそれだ」
テーブルを挟んで向かい合う薪も、頷いて微笑する。
出来たばかりの入れ粥の、だしの効いたいい香りが、張っていた薪の緊張の糸を解く。
「希が園で貰ってきたのか、すずの一家まで全員やられて……」
「すず?」
「ああ、母方の……僕のいとこだ」
母である琴海の姉の名が
「また何か力になれることがあればいつでも頼ってほしいと、僕の高校卒業まで言い続けてくれていた……まさか今さらこんな形で、頼ることになるとはな」
「涼さんのところにも、お子さんがいらっしゃるんですか?」
息を吹きかけて冷ましたお粥の匙を青木が差し出すと、薪は素直に口に入れて頷く。
「ああ。小学生の長女と、希と同じ園に年長の妹がいる。夫婦ともにリモートワークが多いから、すっかり頼り切ってしまってる」
なるほど。その一家がインフルエンザとなれば、薪が休暇を取らざるを得なかったのも、よくわかる。
「いいじゃないですか。人を頼るのも、子どもを守る立派な手段です」
薪さんは頑張ってます、希は幸せですよ。と、励ますつもりで付け足したのに、薪はお粥をもう一匙口にした後で、拗ねたように顔をそらした。