1

 “のぞみ” は “希望” からつけた名前なのだろうか。
 俺が好きだと伝えた漢字を使って――

 眠る薪に「マァ……」と呼びかけるのぞみごと抱きしめて、青木は川の字に横たわる。
 頭の中はモヤモヤだらけで、ダブルサイズの布団から畳にはみ出ているが、薪と川の字なんて超胸アツだ。

 のぞみが薪を呼ぶ「マァ」が “ママ” を指すのか “マキ”なのかわからない。
 でも、もし薪がママで、自分がパパだとするなら、この二年に渡る“実験”とは? “薪が自らの体で妊娠・出産できるかどうか”というものだったんじゃないだろうか。


「おい……なにサカってるんだ……」

「違いますよっ、あなたが出産したのかと思ったら……傷とか心配で……」

 本当に結びつくのか半信半疑で口にした“薪”と“出産”の二つの言葉。
 怪訝そうに片目を開けたその人は、言葉を否定せずにまた目を閉じて、口元に安らかな笑みを浮かべる。
 そして、パジャマのお腹を捲ろうとしていた青木の手を押さえつけるように、両手を重ねてきた。

「安心しろ。ここ・・からは産んでない。でもちゃんと身籠ったんだ。ここ・・に、お前の子をな……」

 ああ、こんなことをしていると、あの晩を思い出す。
 そうか。俺の精子を受け入れた後、絶えず下腹に手を当てていた薪さんは、新しい生命の無事を気にしていたのか、と。
 “あの時それを知っていれば” という悔しさも無くはない。でも口をついて出た本音は全く別の言葉だった。

「よかったです……のぞみが無事にうまれて……」

「……ん」

「……薪さん……ありがとう……ございます。俺の子を生んでくれて……ここまで育ててくれて……」

 この腕に抱く二人が愛しすぎて、感極まり涙声になっている自分が我ながら情けない。
 それに対する返事はなかった。
 代わりに薪の深い寝息が聞こえ、そこへのぞみの小さな寝息が重なって、ふたつの寝息がなんとも言えない温かさで青木の心を撫でた。


 三人一体で心地よい眠りに落ちていきそうなぬくもりを、無理やり切り離して青木は起き上がる。
 周りに散らかるものを拾ってゆっくり片付けながら、最後に花束を拾い、明かりのついたままのダイニングに足を踏み入れた。

 薪がのぞみを大切に育てていることは、とてもよくわかる。
 テーブルには、食事をしてまだそんなに時間が経っていない子ども用食器が残されている。電飾が点滅するクリスマスツリー。壁に貼られたカレンダーには、のぞみの予定が薪の字で書き込まれ、1歳半検診の案内が貼ってある。
 そうか、のぞみは「希」と書くんだ。と、青木は案内の宛名を見てはじめて知った。
 
 希は服もオムツもきれいだったし、多少散らかった部屋も、勝手を知らない人間がさっと片付けられるのは、元々の整理整頓がうまくできているからだと思う。
 
 ここはとても居心地の良い空間だった。

 薪が一人手探りで培ってきた家族愛が、細部に宿っている気がする。

 カラフルな電飾が点滅するツリーの片隅に、青木はそのまま飾れるブーケを、そっと置いた。

 そして愛しい二人が待つ寝床へと戻る。
 幸せが大きすぎて、理解も全く追いついていないが、三人一緒にいられることが、今はただ嬉しかった。
5/8ページ
スキ