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 総監から聞くところによると、薪の休暇は先週の金曜からで、つまりもう七日目だ。インフルエンザなら五日程度で復帰できるはずなのに、相当こじらせてるんじゃないだろうか。かなり心配で早足になる。

 荻窪に向かう途中、花屋に立ち寄り、赤と緑が映える大きなブーケを買った。一刻も早く薪の顔を見たかったが、今夜はクリスマス・イヴだ。手ぶらでいくのは味気ないから、せめて花くらいは持っていきたかった。

 
 「え……なんか……すごい……屋敷?」

 教えられた場所にある和の邸宅の重厚な佇まいは、同じ日本家屋でも実家とは風格が違う。
 一瞬怯んだ青木だが「薪」と書かれた年季の入った表札を見て、また姿勢を正した。


 ♪♪〜

 インターホンを鳴らしても、誰も出ない。

 ♪♪〜

 もう一度鳴らしても反応がないから、心配のあまりヘンな汗が滲んでくる。

「薪さん、青木です。大丈夫ですか……薪さん!」

 呼びかけながら何度も鳴らす。と、カチャリと解錠された音がした。

「失礼しますっ!」

 勢いよく引き戸を開けるが、誰もいない。
 古風な家だがオートロックなのか……と感心しながら視線を下に落とすと……

「えっ……薪さん!?こんなにちっちゃく……」

 なるわけないか。と自分にツッコミを入れる青木。
 ホールにぽつんと立っているのは、薪をそのまま小さくしたような性別不明の子どもだった。
 青木が靴を脱ぐと、その子が“だっこ”をせがむように両手を差し伸べてくるから、思わず優しく抱き上げる。

「……パッパ……」 

「え?」

 ななななんて可愛いんだこの子は! 薪さんに似てるからか? 声も吐息も匂いも柔らかさも、なんだかすご〜く愛しくて、熱い感情が込み上げた青木は、手にしていた花束と一緒に、その子をぎゅ〜っと抱きしめる。

「パ……パッ……パパぁ……」

「ん?パパかぁ……うんうん……よしよし」

 抱きしめた大きな手が、小さな子どもの頭を撫でる。

「……パァパ」

「……う〜ん……ほんとのパパはどこかな……」
 
 腕の中の子は喜んで手足をバタバタさせて“パパ”と連呼する。色素は少し濃いめだが、あの薪と同じ顔でだ。
 舞が幼稚園に上がって “まいちゃんパパ” と呼ばれ慣れている青木も、さすがに照れくさくなって、辺りを見回しながら、散らかった居間に踏み込んだ。

 こんなに似てるんだ、この子の親は薪で確定だろう。だとしても不思議とネガティブな感情は少しも沸いてこない。
 とにかく可愛すぎるのだ。腕の中のこの子のことが無条件に。

「……お前だ」

「……!!」

 居間に姿が見えないのに、どこからか呻くような声に呼ばれる。
 青木はその声を辿って、隣の部屋の襖を開けた。

「薪さん!」

 布団からずり落ちて、うつ伏せに倒れている薪の前に、花束と子どもを抱いた青木が両膝をつく。

「大丈夫ですか?」

「……ふ、今夜のパパは……サンタも兼務か」

 子どもと花束を畳の上にそっと置いて薪の顔を覗き込む青木を見て、薪は力なく笑った。

「……ええ、薪さん。あなたがなれと仰るなら、パパでもサンタでも何にでもなりますよ。だからゆっくり休んでください」

 顔色はすこぶる悪いが、幸せそうに微笑む薪を、青木は抱き起こして布団に寝かせる。
 言ってることの意味はわからないが、この人は今、子どもの頃の幸せな夢でも見てるのかもしれないな。
 そんなことを思いながら、青木は薪の乱れた髪を梳くように撫でた。額に触れた感じでは、熱はそれほど高くないようだ。

「これ、サンタからあなたとこの子へプレゼントです」

「マァ……」
 
 濃厚な甘さと上品さ、若々しい清涼感が混じりあった数種の花の香りが、薪の弱ったはずの嗅覚を癒す。

 自分の顔を覗き込み一緒に語りかけてくる青木とわが子の顔を、交互に見やる薪の視界に熱い涙が滲んだ。

「……のぞみ、だ」

「え?」

「お前と……一緒につけたなまえ」

 これは薪の夢の続きなのか、それとも……?
 優しくほころんでいた青木の表情が、次第に真摯になっていく。

 まさか……これは……もしや…………
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