春が、きた
もしかして、俺がここにいることで薪さんに気を遣わせている?
ああそれとも、読書中に音楽を流すのがまずかったのかな?
全然ページが進んでない気が……
「音量、絞りましょうか」
「……ん?いや、いい」
これはこれで快適だから。と本を閉じ、軽く伸びをしながら答える薪の表情が、さっきより穏やかになっていることに、青木は密かに安堵する。
「せっかくのお休みなので、薪さんも俺に構わず好きなことなさってくださいね」
「……好きなこと?」
「はい。俺はここにいるだけで幸せなので」
だしの効いた汁物の匂いが漂うキッチンで、はやる気持ちを抑えながら青木が言う。
自分が今本当にすべきことは、料理というより精神統一なのかもしれないが。
でも、あの人の気に入りそうな風合いに仕立てた滋味を、どうにかして口に入れさせて、体内を満たしたいのは本心だ。
そして、夕食の分まであわせて仕込んでいるのは、やはり……まとまった時間を作りたいから。
ナニにかける時間なのかはさておいて。
僕の……すきに?
ダイニングで薪は自問自答する。
僕はそもそも何がしたいんだろう?
少なくとも読書ではない気がして、閉じた本をテーブルに残して立ち上がる。
キッチンをそっと覗くと、張り切って料理する大きな背中が見えて、緩んだ口元からほっとため息が零れた。
「いい風ですね」
広いリビングにある窓を二面とも開け放った部屋に、春風に前髪を靡かせて佇んでいる薪に、見惚れながら青木が微笑んだ。
テーブルには少し早い昼食が並べられ、黙って席についた二人はそれを食べる。
まあるく目を見開いて、もくもくと口に運ぶ薪の、素直でいつもより幼い容貌。
自分の料理したものを、こんな可愛らしい人が真剣に食べてくれている満足感のおかげで、青木は満腹中枢がおかしくなりそうだった。
「もういいのか?」
「え?薪さんより多く食べましたよ」
「でも、これじゃお前、夕食まで持たないだろ」といい掛けた言葉は、バン、とテーブルに手をついた音に遮られ、そのまま途切れる。
「……」
「勘弁してください。ほんともう……俺、胸が一杯なんで」
「……」
大きな手に釘付けになっていた薪が、翳る視界をそっと上に向けると、テーブルを挟んで立ち上がった大男の自分の真っ直ぐな視線と惹き合って、全身が甘く痺れて溶けそうになる。
「寝室……行きませんか」
「……いや、だ……」
「あ、待って……」
椅子からふらりと立ち上がり、逃げようとする薪の手首を捕まえ背後から回り込む大男。包みこむ両腕を振り解こうと掴む手に、どうしても力が入らないのがもどかしい。
「じゃあ、ここでしますか」
「……っ、よせ……っ」
命令には忠実な部下だ。全身を撫でる手の動きはぴたりと止まるが、頭頂に掛かる熱い息や、無意識に腰に押しつけられている硬直は、後頭部に伝わる胸の鼓動までは、止められる訳がない。
「違っ……ここで……っもう少し、ゆっくりしようと…」
「……ああ。すみません。たしかにせっかくの休日ですもんね。なら、ソファでゆっくり……」
肩で大きく息をつき、腕をほどいた青木は自身と薪を宥めるようにそう言うけれど、寝室に行こうが、ソファに座ろうが、結局やることは同じなのはわかってる。
連れて行かれたソファで、薪は青木の膝の上にそっと乗り上がり、優しげに微笑む唇に答えるように、自分の唇を一瞬だけ重ねて……照れ隠しにぎゅーっと首にしがみついた。
「薪さん……会いたかったです」
覆うように身体を抱きしめられて、子どもみたいにぽんぽんと背中を叩いて撫でられながら、実感込もった素直な囁きに心地よく耳を傾ける薪は
“僕もだ” と、思わず心の中で呟いた。
きっと、口にした青木以上に、自分の方がいつも想いを募らせているのかもしれない。
ああそれとも、読書中に音楽を流すのがまずかったのかな?
全然ページが進んでない気が……
「音量、絞りましょうか」
「……ん?いや、いい」
これはこれで快適だから。と本を閉じ、軽く伸びをしながら答える薪の表情が、さっきより穏やかになっていることに、青木は密かに安堵する。
「せっかくのお休みなので、薪さんも俺に構わず好きなことなさってくださいね」
「……好きなこと?」
「はい。俺はここにいるだけで幸せなので」
だしの効いた汁物の匂いが漂うキッチンで、はやる気持ちを抑えながら青木が言う。
自分が今本当にすべきことは、料理というより精神統一なのかもしれないが。
でも、あの人の気に入りそうな風合いに仕立てた滋味を、どうにかして口に入れさせて、体内を満たしたいのは本心だ。
そして、夕食の分まであわせて仕込んでいるのは、やはり……まとまった時間を作りたいから。
ナニにかける時間なのかはさておいて。
僕の……すきに?
ダイニングで薪は自問自答する。
僕はそもそも何がしたいんだろう?
少なくとも読書ではない気がして、閉じた本をテーブルに残して立ち上がる。
キッチンをそっと覗くと、張り切って料理する大きな背中が見えて、緩んだ口元からほっとため息が零れた。
「いい風ですね」
広いリビングにある窓を二面とも開け放った部屋に、春風に前髪を靡かせて佇んでいる薪に、見惚れながら青木が微笑んだ。
テーブルには少し早い昼食が並べられ、黙って席についた二人はそれを食べる。
まあるく目を見開いて、もくもくと口に運ぶ薪の、素直でいつもより幼い容貌。
自分の料理したものを、こんな可愛らしい人が真剣に食べてくれている満足感のおかげで、青木は満腹中枢がおかしくなりそうだった。
「もういいのか?」
「え?薪さんより多く食べましたよ」
「でも、これじゃお前、夕食まで持たないだろ」といい掛けた言葉は、バン、とテーブルに手をついた音に遮られ、そのまま途切れる。
「……」
「勘弁してください。ほんともう……俺、胸が一杯なんで」
「……」
大きな手に釘付けになっていた薪が、翳る視界をそっと上に向けると、テーブルを挟んで立ち上がった大男の自分の真っ直ぐな視線と惹き合って、全身が甘く痺れて溶けそうになる。
「寝室……行きませんか」
「……いや、だ……」
「あ、待って……」
椅子からふらりと立ち上がり、逃げようとする薪の手首を捕まえ背後から回り込む大男。包みこむ両腕を振り解こうと掴む手に、どうしても力が入らないのがもどかしい。
「じゃあ、ここでしますか」
「……っ、よせ……っ」
命令には忠実な部下だ。全身を撫でる手の動きはぴたりと止まるが、頭頂に掛かる熱い息や、無意識に腰に押しつけられている硬直は、後頭部に伝わる胸の鼓動までは、止められる訳がない。
「違っ……ここで……っもう少し、ゆっくりしようと…」
「……ああ。すみません。たしかにせっかくの休日ですもんね。なら、ソファでゆっくり……」
肩で大きく息をつき、腕をほどいた青木は自身と薪を宥めるようにそう言うけれど、寝室に行こうが、ソファに座ろうが、結局やることは同じなのはわかってる。
連れて行かれたソファで、薪は青木の膝の上にそっと乗り上がり、優しげに微笑む唇に答えるように、自分の唇を一瞬だけ重ねて……照れ隠しにぎゅーっと首にしがみついた。
「薪さん……会いたかったです」
覆うように身体を抱きしめられて、子どもみたいにぽんぽんと背中を叩いて撫でられながら、実感込もった素直な囁きに心地よく耳を傾ける薪は
“僕もだ” と、思わず心の中で呟いた。
きっと、口にした青木以上に、自分の方がいつも想いを募らせているのかもしれない。