Device

 青木、アオキ、僕の可愛い青木。

「薪さん」と喉の奥で呻く声と、咥内で脈動して爆ぜた濃厚な飛沫を、受け止めた苦みと恍惚の熱。
 火が点いた発端も、ここまで行き着いたのも、すべて装置なんかのせいじゃなく、互いの意志だったなんて。
 まさに夢のようで、忘れてしまうには丁度いい、出来すぎた笑い話だ。

 裸のまま、薄暗がりの中で、若い部下の整った寝顔をじっと見つめていた薪は、微笑んだ唇を眠る唇にそっと重ねる。
 気持ちを身体で確かめ合った余韻の残るキスは、これ以上なく幸せなものだった。

 重ねた身体を離した薪は、熱いシャワーを浴びて備え付けの寝巻きを身に着け、壁際にある未使用の方のベッドにふらふらと倒れ込む。
 そして目を閉じた瞬間、充足と安堵の渦に引き込まれ、深海の底に沈むように朝まで眠った。


「ぶへっくしょい………ハッ!」

 寒っ。な、何で俺、真っ裸!?
そうだ、たしか……ゆうべ忘年会のあと薪さんを、ビジネスホテルへお連れして……

「そうだ!薪さん!」

 乱れたシーツで前だけ隠して、隣のベッドに飛んでいった青木はホッと肩で息を吐く。
 布団に丸くなって埋もれ、満たされた顔で寝息をたてる薪がいたからだ。

「……っ」

 我に返った青木は、無意識に薪の髪を撫でていた手を引っ込め、五感によみがえる夢の中の薪の艷やかすぎる姿態に、おそれおののき後ずさる。
 お、俺はなんて夢を―――
 新人のころ夢に見たような“オンナのコ”じゃなくたって、薪のカラダは、艶めかしく敏感で、想像を絶する美しさで……隅から隅からまですべて美味しかった。って、えっ……!?

 真っ赤にのぼせて薪のあれこれを想い浮かべていた青木は、寝返りを打つ薪の衣擦れの音にギクリと飛び退いて、バスルームに逃げ込んだ。

 くっ、どうしてこんなこと、朝っぱらから俺は考えてるんだ??

シャワーから噴き出す熱いお湯に打たれながら、脳内をぐるぐる回る薪のあられもない姿を、必死で振り払おうとする。
 ボディーソープに塗れた胸元にふと目を止めて、曇る鏡を拭ってよく見れば、身体のところどころにと欝血の跡が見当たる。
 これってまさか……キ、キスマークってやつなのか?
 やけにスッキリ軽い下半身に視界を落とせば、洗浄の泡に重なり股間で動く薪のさらさらの髪と長いまつ毛の美しい幻がちらつき、洗う先から変な汗が浮いてくる。


「おはよう。よく眠れたか?」

 落ち着かない様子でバスルームから出てきた青木に、クローゼットの前に立つローブ姿の薪が振り返って、微笑む。

「……ええ、おかげさまで」

 いや、なんの“おかげさま”だよ、と内心自身にツッコミを入れながら、青木は赤くなって引きつった笑みを作る。

「よかったな。珍しく僕も昨晩はよく眠れた」

 装置の影響も無くて何よりだったな、と薪は自分の背広の内ポケットの装置を改めて確かめる。

 その姿にポ〜ッと見惚れていた青木は、クローゼットの方を向いたままローブを脱ぐ薪の背中に、たくさんのキスマークを見つけて、また異様なドキドキがぶり返す。
 この部屋には自分たち以外誰もいなくて、互いの身体に艶めかしい痕がついていて、そして今俺はこの美しい人の前でこんなに気持ちが昂っていて。これって……まさか……

「青木」

「は、ハイッ」

「お前、雪子さんと付き合え」

「……え?」

「お前なら」 

「僕が彼女から奪った幸せを、お前ならまた彼女に与えてあげられるだろ?」

「…………」

「いいな」

「…………はあ、でもそれは彼女さえ……よければの話で……」

「きっと大丈夫だ。頼んだぞ」

 薪が、彼女の幸せな未来を見透かしたように、とてもいい笑顔で言うから。

「はい」

 青木はその笑顔を守りたい一心で頷いた。

 思い上がりかも知れないが、薪が 「僕の一番大切なもの・・・・・・・・・を雪子さんにあげたい」と言ってるように聞こえて。
 まともに受け止めて考えるとフクザツな話だけれど、それより何より今は、この人の想いを叶えるためなら空だって飛べる気がしていたのだ。
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