Device
「どうしたんです。そんなに慌てて」
青木の案内で入ったレトロなビジネスホテルの一室。薪に重ねたコートを二枚とも脱がせてクローゼットに掛けながら、青木は困惑顔で尋ねる。
「……お前の脳が……汚染されているんだ」
「はい?オセン……って、俺が?」
状況を理解できていない青木の傍らで、薪は装置と青木の同期を解除する。が、処理中のまま表示が変わらないのに痺れを切らし、設定画面を開いて端末を強制的にリセットした。
「そうだ。とにかく落ち着くまでお前を隔離する。何か間違いがあったら雪子さんに申し訳が立たないから、僕も同伴でな」
「へ?ユキコさん?……ああ……」
そう言われて、青木は週末雪子の帰省を見送りに空港に行ったことと、そこでの出来事を思い出す――
「キスしたそうだな」
「なっ、」
何で知ってるんですかっ、という言葉をギョッとして呑み込み、青木は大きなため息を吐く。
「あれは多分……からかわれただけですよ」
「そんなはずない。お前はいい男だから」
「え……」
薪からそんな言葉が出るなんて、棚からぼたもちにもほどがある。岡部が懸念していた通り、明日は大雪でも降るんじゃないだろうか。
へらへらと頬を緩めながら青木はクローゼットの方を向いて、ジャケットを脱ぐ。
「でも実際俺、彼女に名前すら覚えてもらえてないですから」
薪も吐息で微笑んだ。確かにまだ青木は勿論、三好雪子の方にも火が点いてないのはわかる。でも惹かれるのも時間の問題だろう。だってこいつは……
「そんなのどうだっていい、僕にはわかる。彼女もお前の良さにはとっくに気づいて……」
「彼女“も”、って……それはもしやあなたも……」
脱いだ上着をハンガーに掛けた青木が振り返り、その熱い視線に薪がギクリと後ずさる。
怯えたような、求めるような、熱に潤んだ瞳に引き寄せられて青木が歩み寄ってくる。
「っ、べつに……深い意味は……ない」
息がかかるほど近づく青木の顔に、動揺する薪の声が震える。
「……それで?俺の脳が汚染された、ってどういうことなんです?」
「っ、さっきのは……人を発情させる危険な装置で、解除はしたが、いっとき繋がっていたお前の脳におかしな影響を及ぼしてるかもしれない」
「はあ。発情……って、誰彼構わずですか?違いますよね?」
確かに違う。
この装置は“両想いが成立している者にしかスイッチが入らない”ようにできている。
でもそんなカラクリを青木に解説できる訳が無い。
若い青木の熱情に煽られ、薪はのけぞり気味にベッドに尻餅をつく。
「でも薪さんなら……」
押し返そうとする手をとり口づけられて、力も入らないし、思考も鈍る。
そもそも初動も間違えたのかも。
青木を装置と切り離したら、タクシーにでも乗せて自宅に押し込み、外に出ないように見張るとかすればよかったのだ。
考えてみれば密室に二人 で閉じこもる自体が重大なリスクなのに。
「僕なら……何なんだっ……」
「スイッチが入りそうです。すみません、嫌なら俺を伸して逃げてください」
「馬鹿かっ!お前っ……僕を誰だと……」
「俺があなたを間違うことはありません」
大真面目な顔で近づく青木の唇を避けようとそむけた頬にキスが降る。抗おうとする手のひらや指先も愛しげな口づけでなぞられるから堪ったものではない。
つまり小池の読みどおり。青木の脳は実証実験の対象条件をクリアしていたのだ。
薪と第九で四六時中一緒にいる間に、青木の脳はあたかも“両想いの恋人同士”のような状態にすっかり出来上がっていて。その脳とあの装置が同期すると、想い合う相手の性的欲求をキャッチして、発情のスイッチが入るようになっている。
つまり薪自身にも充分に自覚があるのだ。いつ青木のスイッチを入れてもおかしくない状態を、自らが作り上げてしまっているという――
「やめ……ろっ」
「……すごく……可愛い……です」
「……待……てっ…………っん……チュ……」
唇を奪われて言葉と理性を失う。
これはいつもの妄想なんかじゃない。
ベッドの上で重なる青木の身体の重みと熱。重ねた唇から迸る瑞々しい欲情に薪は目眩して……つい応えてしまう。
「ああもう。そんな顔されたら……止められない……」
僕はどんな顔をしている?
口づけでなぞられる肌はとろけて、悦楽の涙で滲む視界で青木の表情さえよく見えない。
そして先を急いて脈動する若い身体に組み敷かれた自分の身体も淫らな熱で疼いて、止められたら辛いのはこっちも同じだった。
「もういい、止めるな」
薪の震える指が、青木の眼鏡を外す。
これじゃミイラ取りがミイラになってしまう。
引き金は“装置”だったとしても、青木と通い合う想いの正体を、身をもって確かめようとして、あとに引けなくなっているのは他でもない自分自身だ。
今ならまだぎりぎり間に合う。誰のものでもない青木と、二人で堕ちられる、と――
青木の案内で入ったレトロなビジネスホテルの一室。薪に重ねたコートを二枚とも脱がせてクローゼットに掛けながら、青木は困惑顔で尋ねる。
「……お前の脳が……汚染されているんだ」
「はい?オセン……って、俺が?」
状況を理解できていない青木の傍らで、薪は装置と青木の同期を解除する。が、処理中のまま表示が変わらないのに痺れを切らし、設定画面を開いて端末を強制的にリセットした。
「そうだ。とにかく落ち着くまでお前を隔離する。何か間違いがあったら雪子さんに申し訳が立たないから、僕も同伴でな」
「へ?ユキコさん?……ああ……」
そう言われて、青木は週末雪子の帰省を見送りに空港に行ったことと、そこでの出来事を思い出す――
「キスしたそうだな」
「なっ、」
何で知ってるんですかっ、という言葉をギョッとして呑み込み、青木は大きなため息を吐く。
「あれは多分……からかわれただけですよ」
「そんなはずない。お前はいい男だから」
「え……」
薪からそんな言葉が出るなんて、棚からぼたもちにもほどがある。岡部が懸念していた通り、明日は大雪でも降るんじゃないだろうか。
へらへらと頬を緩めながら青木はクローゼットの方を向いて、ジャケットを脱ぐ。
「でも実際俺、彼女に名前すら覚えてもらえてないですから」
薪も吐息で微笑んだ。確かにまだ青木は勿論、三好雪子の方にも火が点いてないのはわかる。でも惹かれるのも時間の問題だろう。だってこいつは……
「そんなのどうだっていい、僕にはわかる。彼女もお前の良さにはとっくに気づいて……」
「彼女“も”、って……それはもしやあなたも……」
脱いだ上着をハンガーに掛けた青木が振り返り、その熱い視線に薪がギクリと後ずさる。
怯えたような、求めるような、熱に潤んだ瞳に引き寄せられて青木が歩み寄ってくる。
「っ、べつに……深い意味は……ない」
息がかかるほど近づく青木の顔に、動揺する薪の声が震える。
「……それで?俺の脳が汚染された、ってどういうことなんです?」
「っ、さっきのは……人を発情させる危険な装置で、解除はしたが、いっとき繋がっていたお前の脳におかしな影響を及ぼしてるかもしれない」
「はあ。発情……って、誰彼構わずですか?違いますよね?」
確かに違う。
この装置は“両想いが成立している者にしかスイッチが入らない”ようにできている。
でもそんなカラクリを青木に解説できる訳が無い。
若い青木の熱情に煽られ、薪はのけぞり気味にベッドに尻餅をつく。
「でも薪さんなら……」
押し返そうとする手をとり口づけられて、力も入らないし、思考も鈍る。
そもそも初動も間違えたのかも。
青木を装置と切り離したら、タクシーにでも乗せて自宅に押し込み、外に出ないように見張るとかすればよかったのだ。
考えてみれば密室に
「僕なら……何なんだっ……」
「スイッチが入りそうです。すみません、嫌なら俺を伸して逃げてください」
「馬鹿かっ!お前っ……僕を誰だと……」
「俺があなたを間違うことはありません」
大真面目な顔で近づく青木の唇を避けようとそむけた頬にキスが降る。抗おうとする手のひらや指先も愛しげな口づけでなぞられるから堪ったものではない。
つまり小池の読みどおり。青木の脳は実証実験の対象条件をクリアしていたのだ。
薪と第九で四六時中一緒にいる間に、青木の脳はあたかも“両想いの恋人同士”のような状態にすっかり出来上がっていて。その脳とあの装置が同期すると、想い合う相手の性的欲求をキャッチして、発情のスイッチが入るようになっている。
つまり薪自身にも充分に自覚があるのだ。いつ青木のスイッチを入れてもおかしくない状態を、自らが作り上げてしまっているという――
「やめ……ろっ」
「……すごく……可愛い……です」
「……待……てっ…………っん……チュ……」
唇を奪われて言葉と理性を失う。
これはいつもの妄想なんかじゃない。
ベッドの上で重なる青木の身体の重みと熱。重ねた唇から迸る瑞々しい欲情に薪は目眩して……つい応えてしまう。
「ああもう。そんな顔されたら……止められない……」
僕はどんな顔をしている?
口づけでなぞられる肌はとろけて、悦楽の涙で滲む視界で青木の表情さえよく見えない。
そして先を急いて脈動する若い身体に組み敷かれた自分の身体も淫らな熱で疼いて、止められたら辛いのはこっちも同じだった。
「もういい、止めるな」
薪の震える指が、青木の眼鏡を外す。
これじゃミイラ取りがミイラになってしまう。
引き金は“装置”だったとしても、青木と通い合う想いの正体を、身をもって確かめようとして、あとに引けなくなっているのは他でもない自分自身だ。
今ならまだぎりぎり間に合う。誰のものでもない青木と、二人で堕ちられる、と――