Device

 小池と曽我は一斉に今井を見る。しかも何だか憐れみを帯びた目で。
 今井にもう長年付き合っている公認の恋人がいることは、皆黙っているが周知の事実だ。
 性の不一致。ということはつまり今井さんは第九に来てからEDとかに悩まされているのではないか?毎日鬼上司に恫喝されながら激務の日々を送っていれば無理もない――という憐れみの眼差しだった。

「言っておくが、現在今井が恋人との関係に問題を抱えてるという訳じゃないぞ」

 二人のカンチガイな憐憫を、薪がピシャリと打ち消した。

「互いにキモチがあるのに生活上の役割分担やストレスが精神に影響して性的なスイッチが入らなくなるという事象は、どんなカップルの間でも起こりうる。例えば子育て中に父母の役割に必死なあまり、相手を対象として見れなくなるとか……日本では問題視されていないが、アメリカでは国を挙げて長年この問題に取り組んでいるんだ」
 説明の最中、薪が何度も「今井は違うが」と前置きしているにも関わらず、小池と曽我の憐れみに満ちた視線はずっと今井に注がれたままだ。

「あのな、そもそもこれは予防医学だ。俺は両想いの相手と一定期間問題なく付き合ってるからこそ実証実験対象になってるんだぞ」

「へー」

 苛ついた今井の弁明に、上の空で頷く二人。実を言うと他人事みたいに話を聞く二人は即刻対象からふるい落とされている。
 米政府関係者から相談を受けた薪は、対象者を選ぶにあたり、例の装置で第九メンバー全員の脳波をこっそり読み取ってみたのだ。すると自分はさておき、岡部と曽我はそもそも想い人がいない、宇野は当てはまる相手が海外在住、小池は相手が定まらず。となると対象になりうるのは……今井しかいないという結論に至ったのだという。

「あれ、一人忘れてませんか?」

「そうだ、青木はどうだったんです?」

 なにげに鋭い部下たちの指摘に、薪は顔色を変える。

「アイツは……一番わからない……色んな脳内物質にまみれたオーバードーズ状態、ってとこだ」

「ふ〜ん……若さですかねぇ」

 珍しく薪が言い淀んだのを三人は聞き逃さなかった。が、そこは触れてはいけない気がして何となく大人の対応で受け流す。

 
「今井さん。“両想いの脳”ってどんな状態をいうんですかね」

「そうだな、簡単に言えばドーパミンの作用は落ち着き、代わりにセロトニンが安定的に分泌される。でもって、相手といるとオキシトシンが増すような状態、ってとこだろうな」

 生きてる脳をネタにする新鮮味を実感しながら語る今井の携帯に、タイミングよく恋人からメッセージの通知が入る。

「あ、オキシトシン大量分泌中」

「うるさいっ」

 冷やかす小池と曽我に背を向け、早々に返事を打つ今井。
 薪もあっちの連中に呼ばれて行ってしまう。
ぼんやりしている曽我の隣で小池は、説明を聞きながら手にとって見ていた例の装置を少しいじり、壁のハンガーにかかった青木のジャケットのポケットに放り込んでおく。


「あれ?装置は」

「あっちに入れときました」

「は?お前何を……」

 小池が指差す先にある、大きなサイズのジャケットを見て今井が顔をしかめる。

「だって室長の反応見る限り、絶対青木も対象に当てはまってますよね」

「……まあ、確かにその可能性もなくはない。でも辻褄があわないだろ。アイツ恋人はいないはずだし……」

 室長に対する小池の洞察力には驚かされることがある。ひねくれてるがきっとこいつは室長を慕ってるんだろう……と、圧倒されつつ今井は改めて思う。

「恋人はいなくても対象者はいるかもしれないでしょ。モヤモヤしてる位なら踏み込んだ方がいいんですよ、室長も」

「え?室長がモヤモヤ……いや、それとこれがどう繋がって…」

「お〜い、今井さん」

「ああ、宇野……お疲れさん」

 サンプル集めの軽い協力とは言え、国を通して来てそうな依頼だ。さすがに薪さんの許可なく対象者を変えるのはマズイだろ?
 そう思いつつ今井もあっち(の岡部の恋バナ)から逃げてきた宇野に捕まり、結局、会が終わるまで話し込んでしまう。

 そして初の新メンバー第九忘年会はお開きとなった。

 
「それでは皆さん、よいお年を〜。先行って下さいね。俺、岡部さんをタクシーに乗っけてからゆっくり帰りますんで」

 店の外に出ると、岡部に肩を貸しながら、青木が皆に手を振る。

 先輩想いの若者に手を振り、駅へと歩き出す室長と残りの部下たち一行。
 たぶん装置はその若者のスーツのポケットに収まったままだ。
 そのことを一応室長に伝えなくては。でもどうやって? 
 険しい顔で考え込みながら薪の少し後ろを歩いていた今井を追い越して、小池がしれっと薪に声を掛ける。

「室長。例の装置、青木が間違えて持ってったみたいっすよ」

「……!!」

 薪は顔色を変えて立ち止まり、踵を返して一目散に駆け出した。
 おそらくは青木のもとへと――
2/7ページ
スキ