五年後からのトラベラー
『僕は五年後の未来から来た被験者 』
それは魂を削り出すような、薪の告白だった。
正体を明かされた青木はしばし絶句し……その後、興奮気味に発した言葉は、薪の予想を鮮やかに裏切った。
「……えっ、ご、五年後……って、薪さん今37歳なんですか!? 全然見えません、信じられない。見た目はまるで、コーコーセーじゃないですか!!」
「…………は?」
あまりに的外れな感嘆に、薪の思考が一瞬停止する。
「 お前っ……僕が何を言ったのか分かっているのか? 未来を知る僕が、事実に基づいて……お前たちに警告をしてるんだぞ?それを……正真正銘の馬鹿なのかっ!?」
顔に集まる熱を恫喝で塗り潰すのに必死な薪。
命懸けの伝言を託したつもりだったのに、この男にかかると、どうしてこうも調子が狂うのか。
ワームホール確保の限界まで残り2分を切り、あちら側から必死に送られてくるパルスの鳴動がいよいよ激しさを増して、脳を焼くような熱量が襲いかかってくる。
プロジェクト側のハリスたちの絶叫も、ノイズに混じって耳の奥に響いてきていた。
だが、それ以上に薪を狂わせるのは、目の前の青木が放つ、抗いようのない「生」の熱だった。
「だって、薪さん……」
「来るな! ……お前が側にいると、僕が狂う。システムの計算も、僕の意識も……全てが、お前のせいで、壊れるんだ!」
「そ……んな……」
青木は歩み寄ろうとする足を止めた。
薪の身体が、足元からセピア色のノイズに呑まれ、背後の池の青が重なって見え始めている。
「ま、薪さん大変です!身体が……消えかけてる……っ!」
「そうだ。僕がこのままお前と居続ければ、僕はここで消えて、死ぬ。……それがお前の望みなのか?」
薪の冷徹な問いに、青木は蒼褪めて、なりふり構わず叫んだ。
「まさかそんな……じゃあ離れなきゃ……! 薪さん、急いで! もう身体が透けてる! 早く、離れましょう!」
自分を拒絶しろと叫んでいた薪を、今度は青木が必死に追い払おうとする。その皮肉な献身に、薪は絶望的な愛しさを覚えた。
「離れてやる……だから、約束しろ。お前はこの先、決して僕に関わらないと」
「は!? ……嫌です! なんで、その二択しかないんですか!?」
何を思ったのか、青木が遠ざかろうとする薪の元へと、弾かれたように駆け寄ってくる。
そして、透けかかった細い肩を、魂ごと掴み取るように、力任せに抱き寄せた。
「もう嫌です!関わるとか関わらないとか、そんなのどうでもいいんです! 行く末って……たかが五年後ですよね?その先のあなたの未来だってある。 今あなたが、そんなに苦しそうな顔をしているのに……離れられるわけないじゃないですか!!」
「……っ」
「幸せな顔をしてください、薪さん。そのために俺、何でもしますから。どうすればいいですか?」
「うるさい!離せっ!僕に構うな……離れろ、と、言ってるだろっ」
離れろ、というのが本心じゃないのか見抜かれている。
でも本当はどうすればいいか……なんて、答えなんか出せるはずない。心底わからないのだ。
なのに、こいつは見事探り当ててくる。僕の知らない僕まで……青木がそういう男なのは嫌というほど知っている。出会う前、五年前のハタチそこそこの若輩者のくせして、どうしてこうも、お前という奴は……
「離……せ……っ……」
その時予測不可能の極致の出来事が薪を襲った。
抗う薪を抱きすくめた青木が、真っ直ぐな衝動に突き動かされて、あろうことかその唇を、自分の熱い唇で塞いだのだ。
「んっ…………っ!」
焼くような衝撃が脳に閃く。
それは自家生成された、強烈な電気信号 。
37年の生涯、そしてMRIで見続けてきた数多の記憶――そのどれを照合しても、今のこの感覚に該当するデータは存在しない。
よりにもよって、出会ったばかりの、この若者に。
わざわざ過去に遡り、未来への警告とともに突き放そうとした、まだ部下でさえないこの男に。
これ以上の「予測誤差」が、この宇宙に存在するだろうか?
IKKO AOKI――青木一行。
僕を過去へ蹴り出したその存在が、今度は僕を、あるべき場所へと引き戻していく――
絶望的な拒絶が、甘やかな敗北へと塗り替えられた薪の意識は、純白の閃光の中に飛び散るように飲み込まれていった。
それは魂を削り出すような、薪の告白だった。
正体を明かされた青木はしばし絶句し……その後、興奮気味に発した言葉は、薪の予想を鮮やかに裏切った。
「……えっ、ご、五年後……って、薪さん今37歳なんですか!? 全然見えません、信じられない。見た目はまるで、コーコーセーじゃないですか!!」
「…………は?」
あまりに的外れな感嘆に、薪の思考が一瞬停止する。
「 お前っ……僕が何を言ったのか分かっているのか? 未来を知る僕が、事実に基づいて……お前たちに警告をしてるんだぞ?それを……正真正銘の馬鹿なのかっ!?」
顔に集まる熱を恫喝で塗り潰すのに必死な薪。
命懸けの伝言を託したつもりだったのに、この男にかかると、どうしてこうも調子が狂うのか。
ワームホール確保の限界まで残り2分を切り、あちら側から必死に送られてくるパルスの鳴動がいよいよ激しさを増して、脳を焼くような熱量が襲いかかってくる。
プロジェクト側のハリスたちの絶叫も、ノイズに混じって耳の奥に響いてきていた。
だが、それ以上に薪を狂わせるのは、目の前の青木が放つ、抗いようのない「生」の熱だった。
「だって、薪さん……」
「来るな! ……お前が側にいると、僕が狂う。システムの計算も、僕の意識も……全てが、お前のせいで、壊れるんだ!」
「そ……んな……」
青木は歩み寄ろうとする足を止めた。
薪の身体が、足元からセピア色のノイズに呑まれ、背後の池の青が重なって見え始めている。
「ま、薪さん大変です!身体が……消えかけてる……っ!」
「そうだ。僕がこのままお前と居続ければ、僕はここで消えて、死ぬ。……それがお前の望みなのか?」
薪の冷徹な問いに、青木は蒼褪めて、なりふり構わず叫んだ。
「まさかそんな……じゃあ離れなきゃ……! 薪さん、急いで! もう身体が透けてる! 早く、離れましょう!」
自分を拒絶しろと叫んでいた薪を、今度は青木が必死に追い払おうとする。その皮肉な献身に、薪は絶望的な愛しさを覚えた。
「離れてやる……だから、約束しろ。お前はこの先、決して僕に関わらないと」
「は!? ……嫌です! なんで、その二択しかないんですか!?」
何を思ったのか、青木が遠ざかろうとする薪の元へと、弾かれたように駆け寄ってくる。
そして、透けかかった細い肩を、魂ごと掴み取るように、力任せに抱き寄せた。
「もう嫌です!関わるとか関わらないとか、そんなのどうでもいいんです! 行く末って……たかが五年後ですよね?その先のあなたの未来だってある。 今あなたが、そんなに苦しそうな顔をしているのに……離れられるわけないじゃないですか!!」
「……っ」
「幸せな顔をしてください、薪さん。そのために俺、何でもしますから。どうすればいいですか?」
「うるさい!離せっ!僕に構うな……離れろ、と、言ってるだろっ」
離れろ、というのが本心じゃないのか見抜かれている。
でも本当はどうすればいいか……なんて、答えなんか出せるはずない。心底わからないのだ。
なのに、こいつは見事探り当ててくる。僕の知らない僕まで……青木がそういう男なのは嫌というほど知っている。出会う前、五年前のハタチそこそこの若輩者のくせして、どうしてこうも、お前という奴は……
「離……せ……っ……」
その時予測不可能の極致の出来事が薪を襲った。
抗う薪を抱きすくめた青木が、真っ直ぐな衝動に突き動かされて、あろうことかその唇を、自分の熱い唇で塞いだのだ。
「んっ…………っ!」
焼くような衝撃が脳に閃く。
それは自家生成された、強烈な
37年の生涯、そしてMRIで見続けてきた数多の記憶――そのどれを照合しても、今のこの感覚に該当するデータは存在しない。
よりにもよって、出会ったばかりの、この若者に。
わざわざ過去に遡り、未来への警告とともに突き放そうとした、まだ部下でさえないこの男に。
これ以上の「予測誤差」が、この宇宙に存在するだろうか?
IKKO AOKI――青木一行。
僕を過去へ蹴り出したその存在が、今度は僕を、あるべき場所へと引き戻していく――
絶望的な拒絶が、甘やかな敗北へと塗り替えられた薪の意識は、純白の閃光の中に飛び散るように飲み込まれていった。