金曜のサンクチュアリ

 細かく震える肌を、リビングのソファに深く身を沈める。寒さのせいじゃない。
 急いで袖を通したパジャマ越しに、まだ肌に残る青木の熱が、心の奥を侵食し続けている。
 
 洗面台の鏡に映っていた、自分でも見たことがないほど無様に赤らんだ顔。
 逆上せたのは嘘ではないが、あんなだらしない顔を年下の恋人に晒し、情けない声を漏らしていたという事実が、死ぬよりも耐え難い。

​ 膝を抱え、自分自身を抱きしめるように丸まっている薪のもとへ、静かな足音が近づいてくる。
 ソファの背後に立った大男の温かい気配。それだけで、背筋にゾクゾクと甘い緊張が走る。

​「……薪さん。髪、乾かしますよ」

​ その声は、浴室にいた時よりも少しだけ低く、落ち着き払っていた。
 拒絶されたことへの落胆を見せず、あくまで「世話を焼く」という大義を盾にする、青木の粘り強い献身。

​「必要ない。自分でやる」

​「こんなに冷たくなるまで放っておいたくせに、ダメですよ。大人しくしててください」

​ 有無を言わせぬ響きを伴い、薪の肩にふわりと厚手のタオルが掛けられた。
 背後に回った青木の掌が、タオルの上から薪の頭を優しく包み込む。その手の大きさや、慈しみに満ちた慎重な手つきに、薪の頑なな拒絶は、うっとりとした溜息とともに、脆くも瓦解していった。

​ ドライヤーの低い駆動音が響き、温かな風が髪の間を抜けていく。
 長い指が、櫛の代わりに薪の細い髪をさらさらと梳いた。その動きがあまりに丁寧で、優しくて。
 薪はいつの間にか、吸い寄せられるように青木の膝の間に背中を預け、コクリ、コクリと舟を漕ぎ始めていた。

​「……薪さん、そんなに動くと乾かせませんよ」
「……ん……」
​ 
 困ったような青木の声に、薪は潤んだ瞳をうっすらと開け、身長差のある男を逆さまに見上げた。
 バスルームで見せた艶めかしさはどこへやら、そこにあるのは眠たげな幼子のような、無防備で甘ったるい視線だ。

​「……お前の手は、ずるい……」

「ずるい、ですか?」

「どうしたって……逃げられないから」

​ 掠れた声で呟いた薪は、ふにゃりとご満悦の表情で目を閉じると、そのまま青木の下腹部に額を擦り寄せた。冷えた外の世界からようやく温かな巣に帰り着き、喉を鳴らしながらうずくまる仔猫みたいに。

​ ドライヤーが止まり、静寂が戻る。
​ 完全に寝落ちした薪の、サラサラに乾いた髪に青木はそっと指を通した。
 自分にすべてを預けるその頭の重みが、青木の独占欲を静かに満たしていく。

​「今週も……お疲れ様でした、薪さん」

​ 青木は愛おしさが決壊した顔で、眠る薪の生え際を口づけでなぞった。
​ 情事に至る欲望も、明日へと続く焦燥も、今は眠らせておこう。
 この柔らかな髪と、しなやかな身体。そしてこの無防備な魂を守り抜くことだけが、今のすべてだから。

​ 青木は、腕の中の宝物を壊さないよう、ゆっくりと大切に抱き上げて、ベッドへと運んだ。
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