金曜のサンクチュアリ

​ 重いドアを閉め、深い溜息とともにネクタイを緩める薪は、もうとうに真夜中を過ぎた、自宅の玄関に辿り着いたところだ。
 リビングの明かりはつけない。寝室から漏れるはずの光もなく、家の中はしんと冷え切っている。

​ 自分がさっきまでいたのは公安委員会。いつまで経っても馴染めない場所だった。当たり前に吐かれる嘘が加齢臭混じりの呼気とともにに淀み、純粋な真実など欠片も落ちていない。そこで幅を利かせる老いた狐たちの、脂ぎった卑屈な視線が触れた肌には、腐蝕していくような嫌悪感が残っている。
 それを洗い流したい一心で、薪は浴室へと重い足を運んだ。

​ バスタブに湯を張っている間に、寝室のクローゼットで部屋着に着替える。
 静寂のなか聴こえてくるのは、暗がりに横たわる大男の、規則正しい呼吸。その平穏を乱したくないという殊勝な配慮の裏で、一抹の寂しさが薪の胸に棘を刺していた。
――気づかなくていい。このまま朝まで、お前はただ温かく眠っていればいい。
 視線もやらず、声をかけることもなく、薪は再び静寂の中へと戻った。


​ 真っ暗なバスルームで、ただ湯船に身を沈めながら目を閉じると、一日のしめくくりの忌々しい記憶が、暗がりに浮かんでは消え、重い疲れが澱のように湯の中に沈んでいく。
 ふやけてバラバラになりそうな意識の中で、薪は、自身をこの泥の中から引き上げてくれる誰かの体温を、無意識に求めていたのかもしれない。
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