空回りと焦燥
カラカラに乾いた口元に、ひんやりとした瑞々しい一口大の質量が押し当てられる。
含んだ口内に広がるのは、数時間前に二人で食べたフルーツブーケの残りの、甘いメロンの果汁だ。
「ほら、そろそろ起きろ」
頭上から降ってきたのは、聞き慣れた……少し呆れたような愛しい声。
瞼を閉じたままの青木の眉間に寄っていた苦悩のシワが弛み、唇に乗せられた一口大の丸いメロンを大人しく咀嚼する。ひんやりとした果糖が、オーバーヒートしていた脳を優しく冷やしていくようだった。
「……ん、んん……?」
重い瞼を押し上げる。
眼鏡を外されたらしいぼやけた視界のなか、かすかに揺れる美しい亜麻色の髪が見えた。
自分が横たわっているのはソファの上で、頭の下には、驚くほどしなやかで、かつしっかりとした骨格を感じさせる太ももがある……って、えっ??
「薪……さん……?」
「気がついたか、バカめ。風呂上がりに行き倒れるなど、お前はカラスの行水どころか、ただののぼせた濡れ犬だ」
呆れ顔で見下ろしてくる薪の太ももの上で、青木は自分が「膝枕」という天国のような状況にあることに気づき、うっとりと幸せに浸った。
「すみませんでした……急に目を回したりして」
「まだ大人しくしていろ」
起きようとする長躯を、薪の細い手が、と額を押さえて制する。
その冷たい手のひらが、火照った脳にひどく心地よかった。
眼鏡のない視界にぼんやりと映る薪の顔は、いつもの厳しい上司のものではない。
どこか寂しげで、けれど自分を心底心配そうに見つめる、不器用な恋人の優しい顔だった。
「青木……僕の身体に、どこか不満があるのなら……」
ぽつりと、消え入りそうな声で零された言葉に、青木はパチパチと瞬きする。
「……教えてほしい。改善の努力はするから」
「えっ……? な、何をおっしゃってるんですか、薪さん!」
不満なんて一つも、それどころか俺には勿体なさすぎる、完璧で美しい身体なのに……と言いながら青木は勢いよく起き上がると、驚いて目を見張る薪の両肩をがっしりと強く掴んだ。
「むしろ、改善が必要なのは俺の方なんです! 俺……この一週間、考えたんです。色々……色々考えて、海外の手術の症例まで調べて……その、ひとまず挿入はやめたほうがいいと思いまして!」
「は……? 挿入、をやめる? 手術??」
「挿入だけがセックスじゃありませんし! でも、あなたに触れてしまえばどうしても臨戦態勢をとって突入してしまう俺のケダモノがどうしようもなくて、だから触れるのを我慢するしかなくてっ……」
必死にまくし立てる青木に、薪は頭の処理が追いつかない。
あまりにも突飛で、尋常じゃない熱量に気圧されながら、どうにか言葉を絞り出す。
「待て、何故だ……何故、挿入がダメなんだ?」
「だって、薪さん! 初夜のとき、泣きながら必死で『大きすぎて死ぬだろバカ!』って、俺をポカポカ殴りましたよね!?」
「え? いつ……」
「初夜の……その、挿入直後に俺が情けなくも即座に暴発し、あなたも気絶され……意識を取り戻された直後です! まだ収まらないまま俺が、挿れたままあなたのさらに奥まで掻き回そうとしたら……」
「やめろ、もういいっ!」
薪は一瞬にして顔を真っ赤に染め、青木の口を両手で塞いだ。
記憶の濁流が一気に脳裏へ蘇る。
確かに言った。それは間違いなく、己の口から出た台詞だ。
(でもあれは……そういう意味の『死ぬ』じゃなくて……)
あまりの強烈な快楽に脳のヒューズが飛びかけ、これ以上奥を突かれたら本当に快感だけで精神がどうにかなってしまうという、至上の賛辞(のつもり)だったのだ。
それを、この文字通りの大バカ者は「物理的な命の危機」として受け止めたというのか?
呆れと羞恥で目眩を覚えながらも、薪は口を塞がれた青木を睨みつけ、一番引っかかっていたワードを問い詰める。
「それで、手術とは……何の、だ?」
「んぐ……サイズ……ダウンの……」
「……お前、救いようのないバカだな」
モゴモゴと答える、世のすべての男を敵に回すような斜め上の言い草に、薪は深く、深くただ呆れてため息を吐いた。
いつもなら、この盛大な勘違いを冷徹に論破して一蹴するところだ。恋人としての職務怠慢だと罵ったっていい。だが、目の前の男は自分のために、それほどまでに真剣に悩み、気絶するほどの辛い禁欲をしてくれていたのだ。
すべては、自分をこれ以上傷つけたくないという、愚直なまでの愛ゆえに。
部下であり、最愛の男。
これまで誰の前でも完璧な「薪剛」であり続けてきた。他人に弱いところを見せるなど死んでも御免だったはずなのに、どうしてこの男の前では、こんなに格好がつかなくなるのだろう。
「……青木、手を離すから、静かに聴け」
「むぐ……は、はい」
ようやく解放され、ソファの隣に姿勢を正して座りなおした青木が、薪の横顔をじっと見つめている。
膝の上のパジャマの生地をぎゅっと握りしめると、ヴァニラに混じったラストノートのムスクの香りが、自身の体温と共にふわりと広がる。
視線を激しく泳がせながら、薪は消え入りそうな声で白状し始めた。
「あれは……嫌だという意味じゃ、ない。……むしろ、その。お前の、その……規格外のが……僕のなかをいっぱいにするのが、あまりにも、良すぎて……頭が、真っ白になってしまったんだ」
「え……?」
「だから、死ぬほど……その、良かったと、言っているんだ! この、大バカ……っっ!!」
限界まで羞恥に震え、大きな瞳に涙さえ薄っすらと滲ませた薪の告白。
それを鼓膜で受け止めた瞬間、青木のなかで何かが「ブツン」と派手な音を立てて弾け飛んだ。
含んだ口内に広がるのは、数時間前に二人で食べたフルーツブーケの残りの、甘いメロンの果汁だ。
「ほら、そろそろ起きろ」
頭上から降ってきたのは、聞き慣れた……少し呆れたような愛しい声。
瞼を閉じたままの青木の眉間に寄っていた苦悩のシワが弛み、唇に乗せられた一口大の丸いメロンを大人しく咀嚼する。ひんやりとした果糖が、オーバーヒートしていた脳を優しく冷やしていくようだった。
「……ん、んん……?」
重い瞼を押し上げる。
眼鏡を外されたらしいぼやけた視界のなか、かすかに揺れる美しい亜麻色の髪が見えた。
自分が横たわっているのはソファの上で、頭の下には、驚くほどしなやかで、かつしっかりとした骨格を感じさせる太ももがある……って、えっ??
「薪……さん……?」
「気がついたか、バカめ。風呂上がりに行き倒れるなど、お前はカラスの行水どころか、ただののぼせた濡れ犬だ」
呆れ顔で見下ろしてくる薪の太ももの上で、青木は自分が「膝枕」という天国のような状況にあることに気づき、うっとりと幸せに浸った。
「すみませんでした……急に目を回したりして」
「まだ大人しくしていろ」
起きようとする長躯を、薪の細い手が、と額を押さえて制する。
その冷たい手のひらが、火照った脳にひどく心地よかった。
眼鏡のない視界にぼんやりと映る薪の顔は、いつもの厳しい上司のものではない。
どこか寂しげで、けれど自分を心底心配そうに見つめる、不器用な恋人の優しい顔だった。
「青木……僕の身体に、どこか不満があるのなら……」
ぽつりと、消え入りそうな声で零された言葉に、青木はパチパチと瞬きする。
「……教えてほしい。改善の努力はするから」
「えっ……? な、何をおっしゃってるんですか、薪さん!」
不満なんて一つも、それどころか俺には勿体なさすぎる、完璧で美しい身体なのに……と言いながら青木は勢いよく起き上がると、驚いて目を見張る薪の両肩をがっしりと強く掴んだ。
「むしろ、改善が必要なのは俺の方なんです! 俺……この一週間、考えたんです。色々……色々考えて、海外の手術の症例まで調べて……その、ひとまず挿入はやめたほうがいいと思いまして!」
「は……? 挿入、をやめる? 手術??」
「挿入だけがセックスじゃありませんし! でも、あなたに触れてしまえばどうしても臨戦態勢をとって突入してしまう俺のケダモノがどうしようもなくて、だから触れるのを我慢するしかなくてっ……」
必死にまくし立てる青木に、薪は頭の処理が追いつかない。
あまりにも突飛で、尋常じゃない熱量に気圧されながら、どうにか言葉を絞り出す。
「待て、何故だ……何故、挿入がダメなんだ?」
「だって、薪さん! 初夜のとき、泣きながら必死で『大きすぎて死ぬだろバカ!』って、俺をポカポカ殴りましたよね!?」
「え? いつ……」
「初夜の……その、挿入直後に俺が情けなくも即座に暴発し、あなたも気絶され……意識を取り戻された直後です! まだ収まらないまま俺が、挿れたままあなたのさらに奥まで掻き回そうとしたら……」
「やめろ、もういいっ!」
薪は一瞬にして顔を真っ赤に染め、青木の口を両手で塞いだ。
記憶の濁流が一気に脳裏へ蘇る。
確かに言った。それは間違いなく、己の口から出た台詞だ。
(でもあれは……そういう意味の『死ぬ』じゃなくて……)
あまりの強烈な快楽に脳のヒューズが飛びかけ、これ以上奥を突かれたら本当に快感だけで精神がどうにかなってしまうという、至上の賛辞(のつもり)だったのだ。
それを、この文字通りの大バカ者は「物理的な命の危機」として受け止めたというのか?
呆れと羞恥で目眩を覚えながらも、薪は口を塞がれた青木を睨みつけ、一番引っかかっていたワードを問い詰める。
「それで、手術とは……何の、だ?」
「んぐ……サイズ……ダウンの……」
「……お前、救いようのないバカだな」
モゴモゴと答える、世のすべての男を敵に回すような斜め上の言い草に、薪は深く、深くただ呆れてため息を吐いた。
いつもなら、この盛大な勘違いを冷徹に論破して一蹴するところだ。恋人としての職務怠慢だと罵ったっていい。だが、目の前の男は自分のために、それほどまでに真剣に悩み、気絶するほどの辛い禁欲をしてくれていたのだ。
すべては、自分をこれ以上傷つけたくないという、愚直なまでの愛ゆえに。
部下であり、最愛の男。
これまで誰の前でも完璧な「薪剛」であり続けてきた。他人に弱いところを見せるなど死んでも御免だったはずなのに、どうしてこの男の前では、こんなに格好がつかなくなるのだろう。
「……青木、手を離すから、静かに聴け」
「むぐ……は、はい」
ようやく解放され、ソファの隣に姿勢を正して座りなおした青木が、薪の横顔をじっと見つめている。
膝の上のパジャマの生地をぎゅっと握りしめると、ヴァニラに混じったラストノートのムスクの香りが、自身の体温と共にふわりと広がる。
視線を激しく泳がせながら、薪は消え入りそうな声で白状し始めた。
「あれは……嫌だという意味じゃ、ない。……むしろ、その。お前の、その……規格外のが……僕のなかをいっぱいにするのが、あまりにも、良すぎて……頭が、真っ白になってしまったんだ」
「え……?」
「だから、死ぬほど……その、良かったと、言っているんだ! この、大バカ……っっ!!」
限界まで羞恥に震え、大きな瞳に涙さえ薄っすらと滲ませた薪の告白。
それを鼓膜で受け止めた瞬間、青木のなかで何かが「ブツン」と派手な音を立てて弾け飛んだ。