恋愛偏差値と歳の差
眩いばかりの朝陽が、激しく甘い嵐の去ったあとの寝室を白く照らし出している。
幸せに溺れそうなベッドの、乱れたシーツの中で青木が目を覚ますと、隣にいたはずの愛しい温もりは既に消えていた。
本能的に視線を辿らせれば、窓際に立つ薪剛の背中に追いつく。
いつだって綺麗に伸びて凛とした背筋。
そのしなやかな身体が纏っているのは、昨夜、愛撫をねだる薪自身の手によって剥がされ床に捨てられた――青木の、白いワイシャツだった。
「……っ!!」
心臓が、ドクンと跳ねた。
腿まで隠す大きなシャツの裾から覗く、白い脚の綺麗なライン。
ボタンを掛け違えたのか、大きくはだけた襟元からは、昨夜自分がつけたばかりの赤い痕がうっすらと艶めかしく覗いている。
(……か、彼シャツ。しかも、裸に一枚だけ。これが、これが男のロマンというやつかっ……!!)
青木は拝みたくなる衝動を必死に抑え、鼻血が出そうな顔をシーツで半分隠しながら、震える声で呼びかけた。
「ま、薪さん……そ、それ、俺のシャツ……」
「ああ。僕のシャツはどこかへ行ってしまったし、少し寒かったから借りた。何だ……お前も寒いのか?」
振り返った薪は、収まりの悪そうな長い袖を弄りながら、わずかに眉尻を下げた。
その潤んだ瞳と、ぶかぶかのシャツのコントラストに、青木の脳内のピンクメーターは一気に臨界点を突破する。
「いえ、最高です! か、彼シャツ。一度は見てみたかったけど、これほどまでに破壊力があるとは……!」
「……カレシャツ?」
薪が、不思議そうに首を傾げた。その動作一つとっても、青木にとってはもはや直視できないほどの“可愛さの暴力”である。
「なんだ、その『枯れたシャツ』とは……侘び寂びの一種か?」
「……え?」
青木は、今度こそフリーズした。
しばらくの沈黙。
それから、こらえきれなくなった笑いが、噴水のように溢れ出した。
「あはははは! 薪さん、枯れシャツって……! 侘び寂びって……枯淡の境地すぎますよ!」
「な……っ、何を笑っている。使い古された、くたびれた味のあるシャツのことじゃないのか」
薪はみるみるうちに顔を赤くし、はだけた襟元をギュッと握りしめて青木を睨みつける。
「違いますよ。彼氏のシャツを借りて着るのが『彼シャツ』なんです! 王道のロマンですよ……ああ、でも、薪さんを世俗の『恋愛偏差値』なんて薄っぺらな物差しで測るつもりはないので、すみません、笑ったりして。今の気にしないでくださいね」
「……レンアイヘンサチ?」
聞き慣れない造語の連発に、薪が不審げに眉を寄せた。
「あ、いわゆる『恋愛における知識や経験値』を指すスラングです。でも俺は、薪さんのその……世俗に染まらない初々しさが何よりも尊くて大好きなので、本当にお気になさらず!」
「……もういい、わかった」
薪はムッとして顔を背けた。
「くだらんな。本当にお前たちの流行り言葉は理解に苦しむ」
不機嫌に呟いていても美しい薪の横顔から、青木は目が離せなかった。
(薪さん、本当に世俗の『恋愛』のこと、ご存知ないんだな。……ああ、もう。たまらなく可愛い……)
青木がその「無垢さ」を至上の愛しさとして捉えている一方で、残された薪の胸中には、今聞いたばかりの不穏な言葉が喉に刺さった魚の小骨のように引っ掛かっていた。
(恋愛の……偏差値、だと?)
上司なのに。歳上なのに。
自分は世の人間が当たり前に嗜んでいる「掟」を、何も知らない。
ただシャツを借りただけでこれほど青木を狂喜させるのなら、その逆のこと――つまり、無知ゆえに不備を晒し、幻滅させることだってあり得るだろう。
薪は生まれて初めて、自分と青木の間の“埋めがたい空白”を突きつけられた気がして、モヤモヤとした焦燥に包まれていた。
幸せに溺れそうなベッドの、乱れたシーツの中で青木が目を覚ますと、隣にいたはずの愛しい温もりは既に消えていた。
本能的に視線を辿らせれば、窓際に立つ薪剛の背中に追いつく。
いつだって綺麗に伸びて凛とした背筋。
そのしなやかな身体が纏っているのは、昨夜、愛撫をねだる薪自身の手によって剥がされ床に捨てられた――青木の、白いワイシャツだった。
「……っ!!」
心臓が、ドクンと跳ねた。
腿まで隠す大きなシャツの裾から覗く、白い脚の綺麗なライン。
ボタンを掛け違えたのか、大きくはだけた襟元からは、昨夜自分がつけたばかりの赤い痕がうっすらと艶めかしく覗いている。
(……か、彼シャツ。しかも、裸に一枚だけ。これが、これが男のロマンというやつかっ……!!)
青木は拝みたくなる衝動を必死に抑え、鼻血が出そうな顔をシーツで半分隠しながら、震える声で呼びかけた。
「ま、薪さん……そ、それ、俺のシャツ……」
「ああ。僕のシャツはどこかへ行ってしまったし、少し寒かったから借りた。何だ……お前も寒いのか?」
振り返った薪は、収まりの悪そうな長い袖を弄りながら、わずかに眉尻を下げた。
その潤んだ瞳と、ぶかぶかのシャツのコントラストに、青木の脳内のピンクメーターは一気に臨界点を突破する。
「いえ、最高です! か、彼シャツ。一度は見てみたかったけど、これほどまでに破壊力があるとは……!」
「……カレシャツ?」
薪が、不思議そうに首を傾げた。その動作一つとっても、青木にとってはもはや直視できないほどの“可愛さの暴力”である。
「なんだ、その『枯れたシャツ』とは……侘び寂びの一種か?」
「……え?」
青木は、今度こそフリーズした。
しばらくの沈黙。
それから、こらえきれなくなった笑いが、噴水のように溢れ出した。
「あはははは! 薪さん、枯れシャツって……! 侘び寂びって……枯淡の境地すぎますよ!」
「な……っ、何を笑っている。使い古された、くたびれた味のあるシャツのことじゃないのか」
薪はみるみるうちに顔を赤くし、はだけた襟元をギュッと握りしめて青木を睨みつける。
「違いますよ。彼氏のシャツを借りて着るのが『彼シャツ』なんです! 王道のロマンですよ……ああ、でも、薪さんを世俗の『恋愛偏差値』なんて薄っぺらな物差しで測るつもりはないので、すみません、笑ったりして。今の気にしないでくださいね」
「……レンアイヘンサチ?」
聞き慣れない造語の連発に、薪が不審げに眉を寄せた。
「あ、いわゆる『恋愛における知識や経験値』を指すスラングです。でも俺は、薪さんのその……世俗に染まらない初々しさが何よりも尊くて大好きなので、本当にお気になさらず!」
「……もういい、わかった」
薪はムッとして顔を背けた。
「くだらんな。本当にお前たちの流行り言葉は理解に苦しむ」
不機嫌に呟いていても美しい薪の横顔から、青木は目が離せなかった。
(薪さん、本当に世俗の『恋愛』のこと、ご存知ないんだな。……ああ、もう。たまらなく可愛い……)
青木がその「無垢さ」を至上の愛しさとして捉えている一方で、残された薪の胸中には、今聞いたばかりの不穏な言葉が喉に刺さった魚の小骨のように引っ掛かっていた。
(恋愛の……偏差値、だと?)
上司なのに。歳上なのに。
自分は世の人間が当たり前に嗜んでいる「掟」を、何も知らない。
ただシャツを借りただけでこれほど青木を狂喜させるのなら、その逆のこと――つまり、無知ゆえに不備を晒し、幻滅させることだってあり得るだろう。
薪は生まれて初めて、自分と青木の間の“埋めがたい空白”を突きつけられた気がして、モヤモヤとした焦燥に包まれていた。