無自覚温泉宿

 ヒノキの香りが微かに漂う柔らかな寝具に顔を埋め、淫らな粘着音の響きを体の内部で聞きながら、薪は無防備な秘所を背後から暴かれる快感に艶めかしく身を晒していた。

​ ナカを蠢く長い指の動きは、荒ぶるようでいてどこか理性的だった。逝かせすぎて薪の体力を奪いきってしまわないよう、あえて決定的なスイッチを外しているようにも思えて、薪を悶々とさせた。

​「っ……焦らす……な……っ早、くっ」

 信じられないほど淫らな言葉が、自らの口をついて出る。恥辱に顔を赤く染めつつも、青木の指を呑む肉襞の締め付けが止まらない。

​「もっと奥まで……欲しいんですか?」

​ 耳元を、青木の低く熱を孕んだ声が撫でる。

​「ん……ぅ……」

 快楽の涙と汗に濡れた額をシーツに擦り付けながら、薪は必死でこくこくと深く頷いた。
​ それを合図に濡れそぼった指が引き抜かれ、ここぞとばかりに猛る膨大な質量が、熱い体内を押し拡げてじりじりと侵入してくる。

​「っ……はぁ……、ぁあ……っ」

 それが味わうようにゆっくりナカを捏ねはじめ、やがて容赦なく奥を突き上げるたび、薪の脳内は快楽の色に塗り潰されていった。

​「あ、っ、あぁあ……っ!」

​ 甘く掠れた叫びを上げ、また天国に到達する。
 いつもの包み込むような優しい愛撫とは違う、盲目的な雄の所有欲と嫉妬が過熱する、獣的な欲望の奔流。
 薪はその激しさに恍惚を覚え、ひそかに酔いしれていた。


​ 極限の快楽に溺れながらいつしか力尽きた薪は、深い眠りへと急落していた。
 この数週間、徹夜続きで事件にあたっていた二人だ。互いの熱を絡めたまま、泥のような眠りへと沈んでいくのは当然の結末だったろう。

​ 数時間後。

 肌に触れる冷えた空気に、ふと薪の意識が覚醒する。
​ 月明かりが差し込む離れの一室。
 隣で深い寝息を立てている青木の腕から、薪はカラカラに乾いて軽くなった身体をそっと引き剥がした。
 立ち上がろうとする腰に走る重い熱と、身体のあちこちに残る痺れに小さく顔を顰める。
​ そして室内の行灯の淡い光を頼りに、壁に掛けられた鏡を覗き込んだ薪は絶句した。
​ そこには、青木が刻みつけた「印」が、夜の闇の中でも鮮明に浮き上がっていたのだ。
 喉元、鎖骨、そして浴衣の裾を捲れば内腿にも。

​「……あの、馬鹿が……っ!」

​ 湧き上がってきたのは、羞恥を塗り潰すほどの激しい怒りだ。
 明日、この痕をどう隠せというのか。
 部下たちの前でどんな顔をすればいいのか。

「っ……」

 薪は乱暴に浴衣の襟を合わせると、帯をきつく締め直し、まだ深い眠りの中にいる青木を振り返ることもせず、逃げるように部屋を飛び出した。

 
 頭を冷やさなければ、爆発しそうだった。
​ 夜の温泉街は、古き良き情緒を漂わせた独特の非日常感を醸し出している。
 薪は火照った身体を夜風に晒しながら、格子戸の続く裏道から、広い旅館の外へと歩いていた。

​「……アイツは馬鹿だ。四十を過ぎた男相手に過保護がすぎる。オジさんがオジさんの振る舞いをして何が悪い。夜道だってこうして普通に……」

​ 自分に言い聞かせるように、薪は心の中で毒づく。
 だが、首元に残る熱い痕が、浴衣の襟を抜ける風に晒されるたびに疼くように甘く感覚を刺激する。
 合わせをきつく握り締めている手も、このしんとした夜の小路の風情を、たった一人の「誰か」と寄り添い一緒に見たいと思ってしまう……こんな瑞々しい恋心のどこに「オジさん」要素があるのか、自分で自分がわからなくなってくる。

​ ふと足を止めたのは、本館の中庭に広がる日本庭園だった。
手入れの行き届いた植栽と提灯の幻想的な光に照らされた池には、優雅に泳ぐ白い鯉の姿も見えた。
 その静謐を楽しもうとした矢先、無遠慮な笑い声が近づいてくる。

​「おっ! かわいいお姉さん、一人? いい酒あるんだけど、俺らの部屋でどう?」

​ 酒の臭いをさせた中年男性が数人、興味深げにこっちを見ながら足を止める。

​「バカ、よく見ろ、お兄さんだぞ」

「あ〜『男の娘』ってやつか。初めて見たけど、こんなに可愛いのかよ」

​ 薪の眉間に深い溝が刻まれ、侮蔑を隠そうともしない冷徹な瞳で男たちを見据える。

​「……僕は警察だぞ 。失せろ」

​「へ〜え、“ボク”は警官プレイが好きなの? 未成年 じゃなければ、オジサンとたのしい警察ごっこしようか〜」

​ 一人がニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、薪の肩を抱こうと手を伸ばした。
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