Manual Love Drive
中央自動車道を西へ進むにつれ、街の灯りは疎らになり、代わりに濃密な夜の帳がクラシックカーの低い車体を包み込んでいった。
車内を満たすのは、現代の電気自動車では決して味わえない、芳醇なガソリンの匂いと、エンジンが奏でる野太い重低音だ。
「……お前は、本当に誰とでも……機械ともすぐ仲良くなるんだな」
助手席で、薪が呆れた感嘆を漏らす。
ダッシュボードのアナログ計器が放つ、淡い琥珀色の光。それに照らされた青木の横顔は、生き生きと輝き、研ぎ澄まされた集中力に満ちていた。
パワーステアリングのない重厚な操舵装置をねじ伏せる際に浮き上がる腕の筋肉や、エンジンの回転数に合わせて正確にシフトを叩き込む動きにも、どうしたって目が行く。
「……この子は、誤魔化しが効かないんです。俺が真っ直ぐ向き合えば、ちゃんと応えてくれる。……薪さん、わかりますか? 道路の凹凸が、ハンドルを通して直接俺の掌に伝わってくるんです。まるで、この車と一体になったみたいに」
笑顔で語る青木の高揚した声。その無邪気さと、巨大な鉄の塊をそつなく操る巧みさに、薪は胸の奥が熱く疼くのを感じた。
普段は全力で自分に向けられている熱量が、今は亡き父の遺した機械に注がれている。その事実は嬉しくもあり、かすかな嫉妬も覚えつつ、薪はわざと冷ややかに言い放った。
「……お前、車に夢中になりすぎて、前方不注意で事故るなよ」
「ええ。見てるだけじゃなく全身で感じてるので大丈夫です」
「……妙な言い回しをするな。お前が感じていいのは、運転に必要な情報だけだろ」
薪がそう吐き捨てた、直後のことだった。
シフトノブを四速に叩き込むたび、青木の大きな手が、薪の膝を鋭く、僅かに吸い付くようにかすめていく。
「……っ、……狭いな」
不意の愛撫のような感触に、薪の喉から、微かに艶めかしい吐息が漏れた。
青木は一瞬ハンドルを握る手に力を込め、ルームミラー越しに薪の顔を盗み見る。と、その瞳には、自身の予期せぬ反応に狼狽する薪の姿が映っている。
(可愛い……)
青木は内心の昂ぶりを抑え込み、平静を装ってエンジンの騒音に負けじと耳元へ顔を寄せた。
「すみません。……でも、この距離感、悪くないですよね」
その吐息の熱さに、薪は窓の外へ視線を逃がしながらも、薪は自分の愛車と愛する男が一つに溶け合っていく光景に、言いようのない充足感を覚えていた。
車はあきる野を抜け、檜原村の急峻な山道へと入り込んでいく。
九十九折の坂道。青木の絶妙な足捌きでエンジン回転を合わせるテクニックが、暗い森に鋭いブリッピング音を響かせる。
そして辿り着いたのは、標高九百メートルの山上。断崖に突き出すように建てられた、石造りのレストランバーだった。
駐車場でエンジンを切ると、パチパチと金属が冷える音だけを残しつつ、車の興奮が収まっていく。
眼下には、宝石を撒き散らしたような東京の夜景が、遠く霞んで広がっていた。
「……薪さん」
薪のシートベルトへと伸びた青木の手が、腰元でバックルをまさぐり、カチリという重厚な金属音を薪の身体に直接響かせた。
そのまま、大きな指先が胸元を撫で上げ、熱を奪うように首筋をなぞる。
「最高の宝物を見せてくれて、本当にありがとうございます」
薪は、熱を帯びた目で青木を見つめ返し、逃げ場のない車内でわずかに唇を震わせた。
「……車のことか? それとも……」
試すような問いを捕まえるのはお手のものだ。
青木は僅かに微笑んで、薪の顎を優しく掬い上げた。
「……車は俺の憧れです。でも……俺を狂わせて夢中にさせるのは、あなただけです」
夜景の光を背負った青木の唇がゆっくりと重なる。
アストンマーティンの冷たいレザーの感触と、青木の熱い体温。
荻窪のガレージを抜け出した二人のクラシカルな逃避行は、まだ始まったばかりだ。
車内を満たすのは、現代の電気自動車では決して味わえない、芳醇なガソリンの匂いと、エンジンが奏でる野太い重低音だ。
「……お前は、本当に誰とでも……機械ともすぐ仲良くなるんだな」
助手席で、薪が呆れた感嘆を漏らす。
ダッシュボードのアナログ計器が放つ、淡い琥珀色の光。それに照らされた青木の横顔は、生き生きと輝き、研ぎ澄まされた集中力に満ちていた。
パワーステアリングのない重厚な操舵装置をねじ伏せる際に浮き上がる腕の筋肉や、エンジンの回転数に合わせて正確にシフトを叩き込む動きにも、どうしたって目が行く。
「……この子は、誤魔化しが効かないんです。俺が真っ直ぐ向き合えば、ちゃんと応えてくれる。……薪さん、わかりますか? 道路の凹凸が、ハンドルを通して直接俺の掌に伝わってくるんです。まるで、この車と一体になったみたいに」
笑顔で語る青木の高揚した声。その無邪気さと、巨大な鉄の塊をそつなく操る巧みさに、薪は胸の奥が熱く疼くのを感じた。
普段は全力で自分に向けられている熱量が、今は亡き父の遺した機械に注がれている。その事実は嬉しくもあり、かすかな嫉妬も覚えつつ、薪はわざと冷ややかに言い放った。
「……お前、車に夢中になりすぎて、前方不注意で事故るなよ」
「ええ。見てるだけじゃなく全身で感じてるので大丈夫です」
「……妙な言い回しをするな。お前が感じていいのは、運転に必要な情報だけだろ」
薪がそう吐き捨てた、直後のことだった。
シフトノブを四速に叩き込むたび、青木の大きな手が、薪の膝を鋭く、僅かに吸い付くようにかすめていく。
「……っ、……狭いな」
不意の愛撫のような感触に、薪の喉から、微かに艶めかしい吐息が漏れた。
青木は一瞬ハンドルを握る手に力を込め、ルームミラー越しに薪の顔を盗み見る。と、その瞳には、自身の予期せぬ反応に狼狽する薪の姿が映っている。
(可愛い……)
青木は内心の昂ぶりを抑え込み、平静を装ってエンジンの騒音に負けじと耳元へ顔を寄せた。
「すみません。……でも、この距離感、悪くないですよね」
その吐息の熱さに、薪は窓の外へ視線を逃がしながらも、薪は自分の愛車と愛する男が一つに溶け合っていく光景に、言いようのない充足感を覚えていた。
車はあきる野を抜け、檜原村の急峻な山道へと入り込んでいく。
九十九折の坂道。青木の絶妙な足捌きでエンジン回転を合わせるテクニックが、暗い森に鋭いブリッピング音を響かせる。
そして辿り着いたのは、標高九百メートルの山上。断崖に突き出すように建てられた、石造りのレストランバーだった。
駐車場でエンジンを切ると、パチパチと金属が冷える音だけを残しつつ、車の興奮が収まっていく。
眼下には、宝石を撒き散らしたような東京の夜景が、遠く霞んで広がっていた。
「……薪さん」
薪のシートベルトへと伸びた青木の手が、腰元でバックルをまさぐり、カチリという重厚な金属音を薪の身体に直接響かせた。
そのまま、大きな指先が胸元を撫で上げ、熱を奪うように首筋をなぞる。
「最高の宝物を見せてくれて、本当にありがとうございます」
薪は、熱を帯びた目で青木を見つめ返し、逃げ場のない車内でわずかに唇を震わせた。
「……車のことか? それとも……」
試すような問いを捕まえるのはお手のものだ。
青木は僅かに微笑んで、薪の顎を優しく掬い上げた。
「……車は俺の憧れです。でも……俺を狂わせて夢中にさせるのは、あなただけです」
夜景の光を背負った青木の唇がゆっくりと重なる。
アストンマーティンの冷たいレザーの感触と、青木の熱い体温。
荻窪のガレージを抜け出した二人のクラシカルな逃避行は、まだ始まったばかりだ。