夢にまつわる三部作
日曜日。
早起きのおバアちゃんもまだ寝ている早朝。
青木家は平和な静寂に包まれている。
いつしか薪の部屋に変わった青木の父の書斎。表向き二人はそれぞれの個室で休んでいることになっていた。
深夜どちらかの部屋で仲睦まじく過ごしたとしても、家族が目を覚ます前にはそれぞれの部屋へと戻るのが、彼らなりのささやかな矜持でもあった。
だが、この日の朝は、それが完全に狂わされた。
「ねぇ、コーちゃん、マキちゃん! 起きてる!?」
返事も待たず、勢いよく青木の部屋の襖が開けられたのだ。
そこに寝ている“二人”が弾かれたように飛び起きたのと、舞がピンク色の小さな弾丸となってベッドへダイブしたのは、ほぼ同時だった。
「ま、舞……っ!?」
「な……っ」
青木は心臓が口から飛び出しそうなほど狼狽し、薪は顔を真っ赤にして思わず青木の背後に身を隠す。
しかし、舞は二人が一緒に寝ていることなど「あたりまえ」だと言わんばかりの迷いのなさで、二人まとめてなぎ倒すような勢いで布団の上に転がり込んでくる。
「あのね、舞、すっごくいい夢を見たんだよ。忘れちゃう前に早く聞いて……」
舞は固まる二人の間に割り込んで、二人のパジャマの裾を引っ張りながらねだる。
「うん、いいよ」
「話してごらん、舞」
「あのね、コーちゃんが舞の本当のパパでね、マキちゃんと結婚して舞が生まれるの! 二人が舞の名前をつけたんだよ、マキちゃんの“ま”とイッコウの“い”で“まい”にしよう!って」
二人は思わず顔を見合わせる。
青木の頭に『実は薪さんは女の子だった』という夢を見て『やっぱり!!ヤッター!!』と飛び起きた若かりし頃の自分の姿が甘酸っぱくよぎった。
血は争えないな。いや、それはさておき何とも可愛い夢である。が、しかし――
「……あ、舞。……本当のパパとママは、倉辻の……舞は写真でしか見たことがないかもしれないけど、ほら……」
青木は戸惑いながらも、サイドボードにある姉夫婦の写真に手を伸ばそうとする。
だが、薪がその手を静かに制した。
「……舞、おいで」
薪は舞を自分の腕の中に引き寄せ、その小さな頭を撫でた。
「本当のパパとママ……か。血の繋がりをさすなら、倉辻の両親はもちろん、行ちゃんと舞も繋がっている。でもね、舞。僕は、僕の父さんと血が繋がっていないんだ」
「えっ」
青木と舞が、同時に息を呑む。
薪を見守る青木は、言葉を失っていた。自分にさえ直接は語らなかった出生の秘密を、薪は今、この幼い少女の真っ直ぐな瞳に託そうとしている。
「それでも、僕たちは本当の親子だったんだ。なぜだと思う?」
舞はまん丸にした目を輝かせ、「うーん」と真剣に考え込む。
「それはね――お互いのことが、たまらなく大好きだったからだよ」
薪の瞳に、朝露のような光が宿った。
「だから、舞の夢はもう叶っているんじゃないかな。大好き同士なら、もうそれは“本当”だと思う」
「……そっかぁ!コーちゃんと舞も、マキちゃんも舞も……コーちゃんとマキちゃんも、みんな大好き同士だもんね!だから本当の親子だぁ!」
舞は満足そうに笑い、二人のパジャマの袖を自分のパジャマに引き寄せる。
「パジャマだって、ほら、三人でお揃いだもんね! 大好き同士なら、三人は最強だよ!」
「みんなで泊まる休日用に」と、おバアちゃんが用意してくれた、色違いのシンプルなパジャマは、舞の一番のお気に入りなのだ。
「……ああ。最強だな。本当に、最強の家族だ」
青木は、溢れそうになる涙を堪えるように、二人を丸ごと大きな腕で抱きしめた。
後悔も懺悔も罪悪感も……薪の「大好き」という言葉が、すべて浄化していくような気さえした。
「ねぇ、起きてお散歩いこうよ」
「いや、まだ早いよ。パジャマのままでできることをしよう」
「え? それなぁに?」
不思議そうに小首をかしげる舞に、薪はふっと悪戯っぽく、けれどこの上なく優しい笑みを浮かべた。
そして、自分と青木の間に舞を招き入れるように座らせる。
「……もう一度、みんなで眠るんだよ」
「えー、寝るのー?」
「ああ。さっきの舞が見た、楽しい夢の続きをみんなで見るんだ」
「えー、みんな一緒の夢が見られなかったら?」
「そしたら、起きたあとに『夢の幸せくらべ』をしよう。誰の夢が一番幸せだったか、競うんだ」
舞は「いいね!」と満足げに声をあげると、二人の間に潜り込み、「もっと近くに来て!」と、おしくらまんじゅうをせがむように身を寄せた。
薪と青木は、舞を挟んで互いの体温を確かめ合うように腕を回す。
かつて、それぞれの孤独な夜の闇の中で一人で戦っていた二人が、今はこうして一つの布団の中で、幼い少女の無邪気な願いに身を委ねている。
分け合うのは、罪や咎だけじゃない。
こうして溢れるほどの「しあわせ」も、分け合うことができるのだ。
重なり合う三人のパジャマ。
窓の外で待ち構えている眩しい朝など、今は必要ない。
腕の中にあるたしかな熱に三人は寄り添い合い、幸せな夢の続きへ向かって再び目を閉じた。
早起きのおバアちゃんもまだ寝ている早朝。
青木家は平和な静寂に包まれている。
いつしか薪の部屋に変わった青木の父の書斎。表向き二人はそれぞれの個室で休んでいることになっていた。
深夜どちらかの部屋で仲睦まじく過ごしたとしても、家族が目を覚ます前にはそれぞれの部屋へと戻るのが、彼らなりのささやかな矜持でもあった。
だが、この日の朝は、それが完全に狂わされた。
「ねぇ、コーちゃん、マキちゃん! 起きてる!?」
返事も待たず、勢いよく青木の部屋の襖が開けられたのだ。
そこに寝ている“二人”が弾かれたように飛び起きたのと、舞がピンク色の小さな弾丸となってベッドへダイブしたのは、ほぼ同時だった。
「ま、舞……っ!?」
「な……っ」
青木は心臓が口から飛び出しそうなほど狼狽し、薪は顔を真っ赤にして思わず青木の背後に身を隠す。
しかし、舞は二人が一緒に寝ていることなど「あたりまえ」だと言わんばかりの迷いのなさで、二人まとめてなぎ倒すような勢いで布団の上に転がり込んでくる。
「あのね、舞、すっごくいい夢を見たんだよ。忘れちゃう前に早く聞いて……」
舞は固まる二人の間に割り込んで、二人のパジャマの裾を引っ張りながらねだる。
「うん、いいよ」
「話してごらん、舞」
「あのね、コーちゃんが舞の本当のパパでね、マキちゃんと結婚して舞が生まれるの! 二人が舞の名前をつけたんだよ、マキちゃんの“ま”とイッコウの“い”で“まい”にしよう!って」
二人は思わず顔を見合わせる。
青木の頭に『実は薪さんは女の子だった』という夢を見て『やっぱり!!ヤッター!!』と飛び起きた若かりし頃の自分の姿が甘酸っぱくよぎった。
血は争えないな。いや、それはさておき何とも可愛い夢である。が、しかし――
「……あ、舞。……本当のパパとママは、倉辻の……舞は写真でしか見たことがないかもしれないけど、ほら……」
青木は戸惑いながらも、サイドボードにある姉夫婦の写真に手を伸ばそうとする。
だが、薪がその手を静かに制した。
「……舞、おいで」
薪は舞を自分の腕の中に引き寄せ、その小さな頭を撫でた。
「本当のパパとママ……か。血の繋がりをさすなら、倉辻の両親はもちろん、行ちゃんと舞も繋がっている。でもね、舞。僕は、僕の父さんと血が繋がっていないんだ」
「えっ」
青木と舞が、同時に息を呑む。
薪を見守る青木は、言葉を失っていた。自分にさえ直接は語らなかった出生の秘密を、薪は今、この幼い少女の真っ直ぐな瞳に託そうとしている。
「それでも、僕たちは本当の親子だったんだ。なぜだと思う?」
舞はまん丸にした目を輝かせ、「うーん」と真剣に考え込む。
「それはね――お互いのことが、たまらなく大好きだったからだよ」
薪の瞳に、朝露のような光が宿った。
「だから、舞の夢はもう叶っているんじゃないかな。大好き同士なら、もうそれは“本当”だと思う」
「……そっかぁ!コーちゃんと舞も、マキちゃんも舞も……コーちゃんとマキちゃんも、みんな大好き同士だもんね!だから本当の親子だぁ!」
舞は満足そうに笑い、二人のパジャマの袖を自分のパジャマに引き寄せる。
「パジャマだって、ほら、三人でお揃いだもんね! 大好き同士なら、三人は最強だよ!」
「みんなで泊まる休日用に」と、おバアちゃんが用意してくれた、色違いのシンプルなパジャマは、舞の一番のお気に入りなのだ。
「……ああ。最強だな。本当に、最強の家族だ」
青木は、溢れそうになる涙を堪えるように、二人を丸ごと大きな腕で抱きしめた。
後悔も懺悔も罪悪感も……薪の「大好き」という言葉が、すべて浄化していくような気さえした。
「ねぇ、起きてお散歩いこうよ」
「いや、まだ早いよ。パジャマのままでできることをしよう」
「え? それなぁに?」
不思議そうに小首をかしげる舞に、薪はふっと悪戯っぽく、けれどこの上なく優しい笑みを浮かべた。
そして、自分と青木の間に舞を招き入れるように座らせる。
「……もう一度、みんなで眠るんだよ」
「えー、寝るのー?」
「ああ。さっきの舞が見た、楽しい夢の続きをみんなで見るんだ」
「えー、みんな一緒の夢が見られなかったら?」
「そしたら、起きたあとに『夢の幸せくらべ』をしよう。誰の夢が一番幸せだったか、競うんだ」
舞は「いいね!」と満足げに声をあげると、二人の間に潜り込み、「もっと近くに来て!」と、おしくらまんじゅうをせがむように身を寄せた。
薪と青木は、舞を挟んで互いの体温を確かめ合うように腕を回す。
かつて、それぞれの孤独な夜の闇の中で一人で戦っていた二人が、今はこうして一つの布団の中で、幼い少女の無邪気な願いに身を委ねている。
分け合うのは、罪や咎だけじゃない。
こうして溢れるほどの「しあわせ」も、分け合うことができるのだ。
重なり合う三人のパジャマ。
窓の外で待ち構えている眩しい朝など、今は必要ない。
腕の中にあるたしかな熱に三人は寄り添い合い、幸せな夢の続きへ向かって再び目を閉じた。