夢にまつわる三部作
深い愛の営みの後は、心地よい疲労と肌に残る青木の熱に包まれて、眠りにつくのが今では日常だ。
いつからそれが当たり前になったのか。
だが、その安らぎを裂く闇は音もなく忍び寄る。
――夢の中で、親友は笑っていた。
僕は知っている。この男はもう死んでいるのだと。
気づかないふりをしていれば、こうして穏やかに笑っていてくれるのだろうか。
僕は必死にしらばっくれて、笑顔を作って見返そうとする。
けれど、その体からはみるみるうちにウジが湧き出し、肉を食らい、形を失い、無残に朽ち果てていき――
「……!!」
真夜中の静寂の中で、薪は弾かれたようにベッドから跳ね起きた。
喉の奥が引き攣り、過呼吸気味の息が寝室にたえだえに消える。
脳裏にべったりと焼き付いているのは、地獄のような罪悪感。
冷たい涙に頬が濡れている。
……いつも同じ、地獄の再放映だ。
夢だと解っていても、その痛みに悶える。
『親友の未来を奪った僕が幸せになることが許されるのか』
朽ち果てた親友の残像が瞼にこびりつき、呪縛のような自問が耳の奥で鳴り止まないでいる。
薪はたまらずベッドを抜け出し、裸のまま窓を開ける。
冷たい月光。気温の変わりやすい春の夜気は鋭く、汗ばんだ肌を一気に冷やしていく。その痛みが、今は救いだった。眠りについた時の幸せな余韻さえ全て掻き消してほしいとさえ願うまま――
「……薪さん」
背後から、低く落ち着いた声がした。
振り返る間もなく、厚手のブランケットが薪の肩を包み込んだ。
背中に重なるのは、眠る前自分の体内を蕩かす熱で貫き、愛を囁いた男の揺るぎない体温。
「……鈴木さんの夢、ですか」
青木の声は、責めるでもなく、ただ薪の震えを鎮めるように静かに問いかけた。
薪は薪は答えず、ただ小さく首を横に振る。
青木は「冷えますよ」とだけ呟くと、強張る肩を大きな手で包み、壊れ物を扱うような足取りで寝室へと連れ戻した。
ベッドの端に腰掛けさせて、床に膝をついて向き合う。
そして、赤ん坊に服を着せるような手つきで、薪のパジャマのボタンを一つずつ、丁寧に留めていった。
この手に触れられている時の、胸の奥が切なく締め付けられるような感覚は、薪にとって、他の誰にも感じたことはない熱を帯びている。
「……あれは、恋だったんだろうか」
薪がぽつりと、掠れた声で漏らした。
「でも、お前のときとは違うんだ。あいつには、雪子さんと幸せになってほしいと心から願えた」
青木の指先が、薪の胸元で一瞬止まる。
『お前のときとは違う』
その告白が青木の胸に滲みる。
それが、自分に向かう薪の愛が“執着や”“独占欲”を伴う生々しく剥き出しの熱であることは、さっきまでの深い交わりの中で身をもって確信してもいた。
「恋にもいろいろな種類があるんでしょう」
青木は薪の冷えた手を自分の両手で包み、温かい息を吹きかけるように話す。
「相手の幸せをただ純粋に願う恋もある……少なくとも俺は、新人の頃そんな気持ちであなたを見てましたよ」
薪が少し眉を顰め、潤んだ瞳で青木を見おろす。
「なら……恋だとしたら?今の僕に、お前の嫉妬はないのか。死んだ男に心乱される僕に」
「嫉妬がないはず、ないでしょう」
青木は困ったように、けれどどこか晴れやかに笑った。
「いや、むしろ鈴木さんの代わりになれるものなら、なりたいくらいです。でも、死んだ人の代わりには、誰もなれない。だから……」
青木は薪を抱きくるめて、自分たちの寝床へと横たわった。
そして腕の中に閉じ込めた薪の頭頂に顔を埋めてゆっくりと、味わうように息を吸い込んだ。
「その気持ちごと、あなたを引き受けたい。その重荷さえ、愛しいんです」
「そんな……綺麗事を……」
「綺麗か醜いかとかは置いといて、それが偽りない俺の思いですから」
着せられたばかりのパジャマの隙間から、青木の大きな手が忍び込んでくる。
ゆっくりと肌を撫で回される熱が心地よくて、薪は抗うことを忘れて身を任せていた。
青木に無理をさせているのかもしれない。自分勝手な振る舞いかもしれない。
けれど、その真っ直ぐな言葉に心身を委ね、流されていく自分を、今は許したかった。
「……だから薪さん、今度鈴木さんと夢で会ったら、笑い合ったままでいてくださいね」
「……」
青木の胸を叩く力強い鼓動を聞きながら、薪は目を閉じ、微かに頷いた。
笑い合ったままでいられるのかは、まだわからない。
ただ、閉じた瞼の裏に浮かんだ親友の顔は、先ほどまでとは違った穏やかないい顔だった。
静かな安堵が部屋を満たし、そのまま深い眠りに戻ろうとしたその時。
耳元で、青木が熱っぽく声を弾ませて囁いた。
「……落ち着きましたか? 薪さん」
「……ああ」
「じゃあ、もう一回……しますか?」
薪は、一瞬思考が停止した。
つい数秒前まで、過去の亡霊や魂の救済について、静かに語り合っていたはずではなかったか。
「は?……なんでそうなるんだ」
「だって、薪さんのパジャマ、あまりに集中してボタンを留めたから……今、指が覚えててものすごく外しやすいんです」
「っ、あんな神妙な顔をしておいて……お前バカなのか?」
呆れ果てて吐き捨てた薪の言葉は、再び重なった青木の唇によって、熱く塞がれた。
どうやら今夜は、悪夢の続きに浸る暇など一秒も与えてもらえなさそうだった。
いつからそれが当たり前になったのか。
だが、その安らぎを裂く闇は音もなく忍び寄る。
――夢の中で、親友は笑っていた。
僕は知っている。この男はもう死んでいるのだと。
気づかないふりをしていれば、こうして穏やかに笑っていてくれるのだろうか。
僕は必死にしらばっくれて、笑顔を作って見返そうとする。
けれど、その体からはみるみるうちにウジが湧き出し、肉を食らい、形を失い、無残に朽ち果てていき――
「……!!」
真夜中の静寂の中で、薪は弾かれたようにベッドから跳ね起きた。
喉の奥が引き攣り、過呼吸気味の息が寝室にたえだえに消える。
脳裏にべったりと焼き付いているのは、地獄のような罪悪感。
冷たい涙に頬が濡れている。
……いつも同じ、地獄の再放映だ。
夢だと解っていても、その痛みに悶える。
『親友の未来を奪った僕が幸せになることが許されるのか』
朽ち果てた親友の残像が瞼にこびりつき、呪縛のような自問が耳の奥で鳴り止まないでいる。
薪はたまらずベッドを抜け出し、裸のまま窓を開ける。
冷たい月光。気温の変わりやすい春の夜気は鋭く、汗ばんだ肌を一気に冷やしていく。その痛みが、今は救いだった。眠りについた時の幸せな余韻さえ全て掻き消してほしいとさえ願うまま――
「……薪さん」
背後から、低く落ち着いた声がした。
振り返る間もなく、厚手のブランケットが薪の肩を包み込んだ。
背中に重なるのは、眠る前自分の体内を蕩かす熱で貫き、愛を囁いた男の揺るぎない体温。
「……鈴木さんの夢、ですか」
青木の声は、責めるでもなく、ただ薪の震えを鎮めるように静かに問いかけた。
薪は薪は答えず、ただ小さく首を横に振る。
青木は「冷えますよ」とだけ呟くと、強張る肩を大きな手で包み、壊れ物を扱うような足取りで寝室へと連れ戻した。
ベッドの端に腰掛けさせて、床に膝をついて向き合う。
そして、赤ん坊に服を着せるような手つきで、薪のパジャマのボタンを一つずつ、丁寧に留めていった。
この手に触れられている時の、胸の奥が切なく締め付けられるような感覚は、薪にとって、他の誰にも感じたことはない熱を帯びている。
「……あれは、恋だったんだろうか」
薪がぽつりと、掠れた声で漏らした。
「でも、お前のときとは違うんだ。あいつには、雪子さんと幸せになってほしいと心から願えた」
青木の指先が、薪の胸元で一瞬止まる。
『お前のときとは違う』
その告白が青木の胸に滲みる。
それが、自分に向かう薪の愛が“執着や”“独占欲”を伴う生々しく剥き出しの熱であることは、さっきまでの深い交わりの中で身をもって確信してもいた。
「恋にもいろいろな種類があるんでしょう」
青木は薪の冷えた手を自分の両手で包み、温かい息を吹きかけるように話す。
「相手の幸せをただ純粋に願う恋もある……少なくとも俺は、新人の頃そんな気持ちであなたを見てましたよ」
薪が少し眉を顰め、潤んだ瞳で青木を見おろす。
「なら……恋だとしたら?今の僕に、お前の嫉妬はないのか。死んだ男に心乱される僕に」
「嫉妬がないはず、ないでしょう」
青木は困ったように、けれどどこか晴れやかに笑った。
「いや、むしろ鈴木さんの代わりになれるものなら、なりたいくらいです。でも、死んだ人の代わりには、誰もなれない。だから……」
青木は薪を抱きくるめて、自分たちの寝床へと横たわった。
そして腕の中に閉じ込めた薪の頭頂に顔を埋めてゆっくりと、味わうように息を吸い込んだ。
「その気持ちごと、あなたを引き受けたい。その重荷さえ、愛しいんです」
「そんな……綺麗事を……」
「綺麗か醜いかとかは置いといて、それが偽りない俺の思いですから」
着せられたばかりのパジャマの隙間から、青木の大きな手が忍び込んでくる。
ゆっくりと肌を撫で回される熱が心地よくて、薪は抗うことを忘れて身を任せていた。
青木に無理をさせているのかもしれない。自分勝手な振る舞いかもしれない。
けれど、その真っ直ぐな言葉に心身を委ね、流されていく自分を、今は許したかった。
「……だから薪さん、今度鈴木さんと夢で会ったら、笑い合ったままでいてくださいね」
「……」
青木の胸を叩く力強い鼓動を聞きながら、薪は目を閉じ、微かに頷いた。
笑い合ったままでいられるのかは、まだわからない。
ただ、閉じた瞼の裏に浮かんだ親友の顔は、先ほどまでとは違った穏やかないい顔だった。
静かな安堵が部屋を満たし、そのまま深い眠りに戻ろうとしたその時。
耳元で、青木が熱っぽく声を弾ませて囁いた。
「……落ち着きましたか? 薪さん」
「……ああ」
「じゃあ、もう一回……しますか?」
薪は、一瞬思考が停止した。
つい数秒前まで、過去の亡霊や魂の救済について、静かに語り合っていたはずではなかったか。
「は?……なんでそうなるんだ」
「だって、薪さんのパジャマ、あまりに集中してボタンを留めたから……今、指が覚えててものすごく外しやすいんです」
「っ、あんな神妙な顔をしておいて……お前バカなのか?」
呆れ果てて吐き捨てた薪の言葉は、再び重なった青木の唇によって、熱く塞がれた。
どうやら今夜は、悪夢の続きに浸る暇など一秒も与えてもらえなさそうだった。
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