金曜のサンクチュアリ

 たっぷりとシャンプーを泡立てた掌が薪の濡れた髪を包み、長い指が慈しむように梳いていく。

 耳元で、きめ細やかな泡が弾ける微かな音が響くと、その密やかな音さえも、薪の身体の奥にある熱をキュンキュンと疼かせた。
​ それを知ってか知らでか、青木は指の腹を地肌に密着させ、ゆっくりと、深い円を描きながら揉み込み始める。

​「……っ、」
 
 薪の喉から、不意に切ない声が漏れた。
 青木の指は、薪が自分でも気づかなかった“凝り”の芯を、的確に、そして執拗に捉えていく。
 こめかみから耳の後ろ、そして、神経が集中するうなじの窪みへ。
 捲り上げた袖から覗く腕から今触れている指先までが、滑らかな連動をもって薪の意識を侵食していく。
 前腕の筋がしなやかに躍動するたび、その力が大きな掌へ、そして十本の長い指へと伝わり、驚くほど繊細な力加減で、薪の理性の殻を一枚ずつ剥ぎ取っていくようだった。

​「薪さん……そんなに力を入れずに、全部俺に預けてください」

​ 背後から響く青木の声に、抵抗する力をなくした身体は芯から甘く震えている。
 大きな手が後頭部をしっかりとホールドし、薪の顔を上向かせた。
 視界が泡とキャンドルの光に滲む中、逆さまに覗き込んできた青木の瞳と、視線がぶつかる。
 その奥にあるのは、いつも以上の熱を帯びた、底なしの渇望だった。

​「……あ、おき……」

​ いとしい名を呼ぶ唇が、熱を帯びて震える。
 青木の親指が、薪の耳たぶをかすめるようにして、首筋の脈打つ場所をゆっくりと撫で上げた。
 サンダルウッドの重厚な香りと、青木の指先の温度が、薪の防衛本能を容易く踏み越えてくる。
 
 マッサージを続ける指先が、時折危うい深さで鎖骨の端に触れる。
 そのたびに薪の指先がピクリと跳ね、バスタブの縁を掴む指の節が白く強張った。
 
「……お前、……やりすぎ、だっ……」

​ 抗議の言葉を絞り出したつもりの声は、甘くとろけるような余韻を伴って霧散する。
 このまま、指先一つでどこまでも連れて行かれてしまいそうな、危うい幸福感。
 
 その時、不意に、棚の端に置かれたキャンドルのひとつが、パチッと芯を爆ぜて、唐突にその炎を失った。
​ 揺らいで不自然に伸びた影が、薪の視界を強引に引き戻す。
 思わず耳朶に吸い付いた青木の唇から零れる、あまりに剥き出しの執着の熱。
 されるがままに、蕩けきって高揚した薪の表情が、ハッと色を失う。

​「っ、よせ……っ!」

​ 急激に冷え込んだのは、浴室の空気か、それとも自らの羞恥心のせいなのか。
 薪は身を固くして、青木を振り払うように背を向け、立ち上がった。

​「……もう、いい。逆上せたから、上がる」

​ さっきまでの熱を打ち消すような、硬い声。
 薪は青木と視線を合わせないようにして手桶を掴むと、張った湯を頭からかぶってバスルームを後にした。
 
 残された青木が、どんな顔をして、空を切った自分の腕の中を見つめているのか。
 今の薪には、それを確かめる余裕など欠片も残っていなかった。
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