2nd初夜

 生演奏のピアノが昔の映画のテーマをなぞる切なく温かいスウィングで場内を包みこんでいる。
 都心の夜景を見下ろすラウンジ。
 明りを絞ったカップルシートに憧れの上司と並んで座る大男の心臓は、高まる緊張と興奮に早鐘を打ちっぱなしだった。

「……ま、薪さん、おかわりどうされますか?」

「そうだな。同じのをもう一杯」
 
 答える唇の口角は僅かに上がっていて、薪の機嫌は悪くないようにみえる。
 天井と壁を仄かに照らす照明とテーブルのキャンドルしかない店内。目の前の夜景とお互いしか見えない空間で、いつもより大きな瞳孔に見上げられれば、それだけで雪崩込みそうになってしまう。

「お前は?」

「えっ、俺はもう大丈夫です」

 青木が東京に呼ばれた表向きの用は勿論仕事だ。が、こうして会うことも折り込み済みで、しかも明日は土曜。日曜は学区の子ども会活動があるが、今日はこのまま薪と一夜をともに過ごすことは確定だろう。
 さっきまでのハードでディープな捜査で共に朝から休み無しに全速力で駆け抜けて、ようやく辿り着いた終着点がここだった。

「ちゃんと“補給”しておけ。夜は長いぞ」

「は、はい……っ」

 和風フレンチのア・ラ・カルトを数皿つまみ代わりにして、ワイングラスでフルーティーな日本酒を飲む。これでも岡部や雪子などから聞き出した薪の好みをもとにした店選びは、当たらずとも遠からずだと思う。
 しかし、空気は何故かロマンチックとは程遠く、かけ離れていく気がする。なぜなら……

・牡蠣のコンフィ
・鱈の白子のポワレ
・鰻のクスクスミルフィーユ仕立て

 薪の注文する品々が、自分にナニカを蓄えさせようとしているようにみえるのは考えすぎだろうか。いや、朝から働き詰めだった部下を労る純粋な気持ちが、滋養強壮に効くチョイスに繋がっただけなのかもしれないが。

「ゴフン……ご心配には及びません。俺のエネルギーは満タンですから。次はデザートにしませんか」

「エネルギー?」

“それよりあなたを早く味わいたいんです”という堪え性の無いオーラを滲ませる青木を不審な顔でチラ見した薪は、閉じたメニューをウエイターに返し、酒のおかわりと、おすすめのデザートを注文した。

「まあいい、溜めこんでるのは僕も同じだ。食事を済ませて早く次へ行こう」

「……え?」

 そうだ、この人は同性なんだ。
 薪が発した“溜め込む”というワードに青木はハッとする。同じ身体のつくりをした相手なのに、どうしてこんなにそそられるのだろう。はじめての夜はあまりの気持ちよさに我を忘れてしまったが、二度目の今夜は薪の身体を丁寧に愛したい。どこが感じるのか、どんなことが好きなのか、知りたいことは沢山ある―――



「あ、薪さん。ここは俺が……」

チェックしようと薪が呼んだウエイターに、青木が部屋番号を伝える。

「今夜はこのすぐ下に部屋をとってますので」

 青木は少し照れながら、ポカンとした顔でこっちを見上げている薪の手をとった。
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