☆2069 夏の別荘

 黒田家を見送った後の、家族水入らずの晩御飯は、宣言どおりの素麺だ。
 夏野菜と鱚の天婦羅の新鮮で軽い歯ごたえと麺の涼しい食感は、ここで味わうと“夏の醍醐味”がぐっと増す気がする。
 すました顔で食している薪も、見開いた目の輝きが好評を伝えている。
 舞と希も楽しそうに食べていたが、昼間の疲労感で後半は目がとろんと眠そうになっていた。


「ノンちゃんお待たせっ」
 
 茶の間に飛び込んでくる風呂上がりの舞に、青木がシーッ、と人差し指を口の前で立てる。
 壁際のローソファーに腰掛ける青木は、膝を枕に丸まっている希を撫でていた。舞が薪に髪を乾かしてもらってる間に、小さな弟は寝落ちしてしまったようだ。
 
「え、寝ちゃったの?」

 舞は拍子抜けした様子で希の顔を覗き込む。
「今日はお二階のベッドで一緒に寝るって約束したのに……」と零した舞のつぶやきに、ナヌ!?と青木の鼓動が跳ねる。

「んぁ……まいちゃん……」

 青木の妙な高揚が伝わってしまったのだろうか。いやたぶんそうじゃなく……薪譲りの律儀さで、希が重い瞼を開いた。

「ねてないよ、まってた。上いこ」

「……うん!いこ!」

 顔立ちも強がりもママそっくりのノンちゃんが、だいすきなパパの膝から寝ぼけ眼で起き上がってくる。
 舞はあまりの可愛さにキュンキュンしながら、差し伸べられた手をぎゅ〜っと握った。

 そして洗面所から戻った薪のほっぺに二人で“おやすみなさい”のキスをして。
 子どもたちは意気揚々と吹き抜けの階段を上がっていく。
 雪子たちのような小さな子連れには不向きで使わなかったツインの、二階にあるゲストルームを目指して――


「本当に、子どもたちの成長の早さには驚かされるな」

 二人が階段を上りきりドアが閉まるのを見送った浴衣姿の薪が、青木がいる気配のする寝室を覗く。

「ええ、そうですね。舞は福岡でもあなたの話ばかりしてますよ」

「そう、か。希も同じだ。お前が大好きでいつも……」

 驚いた顔の薪の言葉がふと、途切れた。
 目を丸くしたままで、大きな布団の前にすとんと両膝をつく。

「お前……どうかしたのか?」

 薪が驚くのも無理はない。
 子どもの分が片付けられて一枚になった大きな布団の前に、真顔で正座していたのだから。

「どうもこうも……昨夜は申し訳ございませんでした!」

 ハア? いきなり土下座?
 一瞬、いつかの時代の初夜でなされていたという「ふつつか者ですが末永く……」とかいう挨拶が始まるのかと正座で身構えたのだが、どうやらそうじゃないらしい。

「昨夜は、黒田さんへの不要な嫉妬にかられて、風呂場であなたに酷いことを……」

 酷いこと? された心当たりはないが……何のことを指しているのかは思い当たらなくもない。
 頭に浮かんだアレコレだけで、体内に刻まれた甘い熱情が、ずくんと薪の下腹で疼いた。

「……あれはもういい、僕も同罪だ」

 その答えに青木は安堵の笑みを浮かべる。

「今夜は優しく……させていただきますので」

 お揃いの浴衣を着た大男が近づいて両肩をそっと掴む。

「どうか安心して俺に任せて……」

 青木を見返す薪が、目を見開いたままこくりと頷く。と、同時に堪え性のない男の腕の中に、あっという間に閉じ込められていく。

「……おい……っ」

 頭頂に鼻を埋ずめた青木が思い切り薪を吸いこみ、ハァ〜と幸せそうなため息をつく。
 ぞくりと震えた薪の身体が甘く崩れるように布団に倒されて、一瞬だけ向き合った眼差しが、組み敷かれた薪の瞳に滲む恍惚の色をたしかめた。

「まきさん……すきです全部……」

 額に、瞼に、唇に、ひっきりなしに降り注ぐ愛しげなキス。

「……は……ぁっ……」

 肌に熱を点すキスが丁寧に首筋を撫で降りてきて、浴衣の襟をずらして落とす。焦れったく身じろぎする薪の膝元で割れる衿下からも大きな掌が忍び込み、下着を押し上げる敏感な中心部を布の上からなぞり、思わず甘い声があがる。

 気に入らない。
 今すぐにでも上り詰めそうに切羽詰まった身体を、まるで宥めるような緩い愛撫ばかりが続く。

「……お……前ッ……いいかげんに……」

 胸元の尖りを舌で弄ぶ青木の髪をぐいっと掴んで剥がすと、そのまま身体が離れてしまい、大きな重しがとれて頼りなくなった薪は途方にくれた。

「すみません。気に障りましたか?」

 熱を帯びた身体に再びのしかかられた時には、着衣も眼鏡も捨て置いた青木の真顔が鼻先に迫ってくる。

「や……ちが……っ」
 
 近い。いつもそうなのだ。近視の青木は裸眼だと何でも近くで凝視してきて調子を狂わせる。しかも獣の雄と優しい男が対立し目まぐるしく入れ替わりながら、視線と舌で全身を舐め回すのだから堪らない。

「すみません……」

 大きな手が柔らかな髪を撫でつけ、熱い唇が重なる。口内に割り込む舌に甘く貪られるキスに気を取られているうちに、滑らかな臀部まで撫で降りてきた手指に、昨夜から敏感なままの入口へ侵入を許している。

「っ、今度は……なんの謝罪だっ」

「さっきなかせたこと……」

 淫らな音をたてて薪のナカを拓いていく指が、接触の深さと激しさを増す。

「俺が姉の話をしたからですよね?」

「っそれだけじゃない。喪うことが……いや喪ったものが……もう……喪いたくなくて……」

 浅い呼吸で、不安に浮かされた薪の瞳が縋るように見つめてくる。その榛色に映る翳りをじっと見据えながら、青木は怒張する自身を熱く絡む薪の体内に押し沈めていった。
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