☆2069 夏の別荘
「お前、随分買い込んだんだな」
「ええ。だって夕方からの食事は、俺たちだけになるんですよね?」
「うん……?どうしてそれを?」
食材の詰まった買物袋を提げ、嬉しさを照れ臭さで押し殺すような表情で進行方向を見る青木の横顔を、見上げる薪の鼓動もいつもより早足になる。
「黒田さんから聞きました。クルーズを終えたら、ここを発たれる予定だと……」
歩き疲れたのか足元で立ち止まる幼い日向に気づき、青木は荷物を持ったまま軽々片手で抱き上げた。
「今夜は地場の夏野菜の天婦羅とそうめんにしましょう。朝は味噌汁に、美味しそうな干物を買いました」
薪は両手をそれぞれ繋いだ舞と希のスキップに引っ張られながら「それは楽しみだ」と振り返って答える。
薪にはこれからもどんどん笑顔で振り返ってほしい。
そしてそれが、今みたいな心からの笑顔であってくれたらいい、と青木は思う。
傍目からも、幸せな 子だくさんカップルに見えてたりするのだろうか。
家族水入らずの時間まであと数時間。今だって、もう充分楽しかった。
「青木。ほら」
ふと、荷物を提げてた片手が自由になる。
“グリコ”をしながら少し前を進む舞と希を見守りながら、日向を両手に抱え直した青木と、買物の荷物を引き受けた薪が並んで歩いている。
「船舶免許、持ってるんだって?」
「え?ああ、黒田さんですか」
「あの二人もたまには、水入らずでゆっくりできているといいな」
「……そうですね」
薪がふと青木を見上げると、じとっとした視線がこっちに注がれている。
「じゃあ薪さんは、俺と空のデートでもします?」
「はあ?急に何だ。張り合えとは言ってないぞ」
無意識に二人の手が触れ合って、互いに驚く。
「空を飛ぶ必要なんてない。僕はこれがいい」
「っ……」
繋いだ手を握られた青木が、顔を赤くして薪を二度見した。
二人の手が繋がれたのは、舞と希の仕業だったのだ。が、その小さな手に導かれた“恋人繋ぎ”でも、青木を蕩かすには十分だった。
静かになった大人たちと、相変わらず楽しげな子どもたちが、ふんわり固まって軽い足取りを運んでいる。
別荘への道のりはあと五分足らずだったが、幸せはもっと末永く続いていくような気がしていた。
別荘に到着すれば、荷物を片付けその足で海辺に出る。
青木が手際よく組み立てたパラソルの下のテーブルでランチを食べ、子どもたちは海へと飛び出す昼下がり。
なかなかのハードモードだ。
子どもたちだけではまだ危ない年頃だから、当然大人もついて回ることになる。
仕事ではあり得ない程の強靭な体力を発揮する薪だが、オフの体力は意外と儚い模様だった。
「ほら、薪さん。無理しないで……」
子どもたちと一緒にずっと動き回っている薪の腕を掴んだ青木は、波打ち際から少し離れたビーチベッドに運んで座らせる。
「大丈夫ですか?」
「このくらい平気だ。それよりお前……」
「はい?」
薪を置いて波打ち際に戻ろうとする青木は、肩を掴まれ半身で振り返る。
「知ってるか?僕の名前」
「はぁ……ええ、当然ですよ。つよしさん、ですよね」
「……聞こえない……」
肩を掴む手に体重がかかるから、青木は振り向きざまに薪を抱きしめて、その耳元で繰り返した。
「つよし、です」
名前に反応して、薪が震える身体を寄せてくる。
「……聞こえますか?つよしくん、いい子だからここで少し休んでいてくださいね」
「……うん」
「俺、ちょっと行ってきます」
頭を包まれるように大きな手に撫でられて目を閉じる薪から、そっと腕がほどかれる。
そして大男の影は、子どもたちのはしゃぎ声の方へと波打ち際へと離れていく。
「あっ、パパ!パパも山くずしやろっ……て、あ〜っ、ヒナちゃんそれ折っちゃだめぇ!」
離脱した薪と交代した大男は、日向が壊した小枝の代わりを見つける捜索隊の一員に加えられた。
小さな隊員たちが連れ立って歩きだせば、山くずしを小枝はいつしか忘れ去られて、貝殻やシーグラス集めに夢中になりはじめる。
そうだ。大人は子どもと触れ合ううちに、自分も子ども時代と重なり溶け合ってしまう時がある。
さっきふと現れた“剛くん”が青木 に甘えてくれたのも、きっとそういうことなのだろう――
「なんだか、懐かしいんです」
「うん?」
雪子からのLINEを確認していたビーチベッドの薪の横に、戻ってきた大男が腰を降ろした。
「俺自身あまり記憶にはないんですが……ちょうどこのくらいの頃の姉と俺の写真が結構残ってるんですよね。海の写真もあって……」
「…………」
青木は日向を腕に抱えている。年長の子どもたちと一緒になってはしゃぎすぎた幼子の電池が切れて、眠っているのだ。
薪は青木にコトンと頭を倒して寄り添い、浜辺で遊ぶ舞と希を愛しげに目で追う。
寄せては引いてを繰り返す波のように、子どもたちのテンションも満ちては引いても、冷めることはない。
「……でも記憶になくても何故か、あの二人を見てると不思議と重なって。きっと過ごしてきた時間が俺の一部になってるんだなあ、と……」
「…………」
――えっ!?
青木が驚いて、薪の顔を覗き込もうとした瞬間「マキちゃん!」と舞が顔色を変えて飛んでくる。
波打ち際の宝物集めに夢中で置きざりの希の方へ、青木は日向を抱いたまま立ち上がって向かう。
舞が飛んできた理由はわかっていた。
自分が薪をなかせてしまったのだ。
「マキちゃん、大丈夫?コーちゃんにいじめられたの?」
「いや、大丈夫だよ。砂が目に入ったんだ」
溢れた涙を拳で拭った薪は、心配そうに顔を覗き込む舞を見返して微笑う。
その視界の端には、丁度クルーズから戻った雪子たちの車をとらえていた。
「ええ。だって夕方からの食事は、俺たちだけになるんですよね?」
「うん……?どうしてそれを?」
食材の詰まった買物袋を提げ、嬉しさを照れ臭さで押し殺すような表情で進行方向を見る青木の横顔を、見上げる薪の鼓動もいつもより早足になる。
「黒田さんから聞きました。クルーズを終えたら、ここを発たれる予定だと……」
歩き疲れたのか足元で立ち止まる幼い日向に気づき、青木は荷物を持ったまま軽々片手で抱き上げた。
「今夜は地場の夏野菜の天婦羅とそうめんにしましょう。朝は味噌汁に、美味しそうな干物を買いました」
薪は両手をそれぞれ繋いだ舞と希のスキップに引っ張られながら「それは楽しみだ」と振り返って答える。
薪にはこれからもどんどん笑顔で振り返ってほしい。
そしてそれが、今みたいな心からの笑顔であってくれたらいい、と青木は思う。
傍目からも、幸せな 子だくさんカップルに見えてたりするのだろうか。
家族水入らずの時間まであと数時間。今だって、もう充分楽しかった。
「青木。ほら」
ふと、荷物を提げてた片手が自由になる。
“グリコ”をしながら少し前を進む舞と希を見守りながら、日向を両手に抱え直した青木と、買物の荷物を引き受けた薪が並んで歩いている。
「船舶免許、持ってるんだって?」
「え?ああ、黒田さんですか」
「あの二人もたまには、水入らずでゆっくりできているといいな」
「……そうですね」
薪がふと青木を見上げると、じとっとした視線がこっちに注がれている。
「じゃあ薪さんは、俺と空のデートでもします?」
「はあ?急に何だ。張り合えとは言ってないぞ」
無意識に二人の手が触れ合って、互いに驚く。
「空を飛ぶ必要なんてない。僕はこれがいい」
「っ……」
繋いだ手を握られた青木が、顔を赤くして薪を二度見した。
二人の手が繋がれたのは、舞と希の仕業だったのだ。が、その小さな手に導かれた“恋人繋ぎ”でも、青木を蕩かすには十分だった。
静かになった大人たちと、相変わらず楽しげな子どもたちが、ふんわり固まって軽い足取りを運んでいる。
別荘への道のりはあと五分足らずだったが、幸せはもっと末永く続いていくような気がしていた。
別荘に到着すれば、荷物を片付けその足で海辺に出る。
青木が手際よく組み立てたパラソルの下のテーブルでランチを食べ、子どもたちは海へと飛び出す昼下がり。
なかなかのハードモードだ。
子どもたちだけではまだ危ない年頃だから、当然大人もついて回ることになる。
仕事ではあり得ない程の強靭な体力を発揮する薪だが、オフの体力は意外と儚い模様だった。
「ほら、薪さん。無理しないで……」
子どもたちと一緒にずっと動き回っている薪の腕を掴んだ青木は、波打ち際から少し離れたビーチベッドに運んで座らせる。
「大丈夫ですか?」
「このくらい平気だ。それよりお前……」
「はい?」
薪を置いて波打ち際に戻ろうとする青木は、肩を掴まれ半身で振り返る。
「知ってるか?僕の名前」
「はぁ……ええ、当然ですよ。つよしさん、ですよね」
「……聞こえない……」
肩を掴む手に体重がかかるから、青木は振り向きざまに薪を抱きしめて、その耳元で繰り返した。
「つよし、です」
名前に反応して、薪が震える身体を寄せてくる。
「……聞こえますか?つよしくん、いい子だからここで少し休んでいてくださいね」
「……うん」
「俺、ちょっと行ってきます」
頭を包まれるように大きな手に撫でられて目を閉じる薪から、そっと腕がほどかれる。
そして大男の影は、子どもたちのはしゃぎ声の方へと波打ち際へと離れていく。
「あっ、パパ!パパも山くずしやろっ……て、あ〜っ、ヒナちゃんそれ折っちゃだめぇ!」
離脱した薪と交代した大男は、日向が壊した小枝の代わりを見つける捜索隊の一員に加えられた。
小さな隊員たちが連れ立って歩きだせば、山くずしを小枝はいつしか忘れ去られて、貝殻やシーグラス集めに夢中になりはじめる。
そうだ。大人は子どもと触れ合ううちに、自分も子ども時代と重なり溶け合ってしまう時がある。
さっきふと現れた“剛くん”が
「なんだか、懐かしいんです」
「うん?」
雪子からのLINEを確認していたビーチベッドの薪の横に、戻ってきた大男が腰を降ろした。
「俺自身あまり記憶にはないんですが……ちょうどこのくらいの頃の姉と俺の写真が結構残ってるんですよね。海の写真もあって……」
「…………」
青木は日向を腕に抱えている。年長の子どもたちと一緒になってはしゃぎすぎた幼子の電池が切れて、眠っているのだ。
薪は青木にコトンと頭を倒して寄り添い、浜辺で遊ぶ舞と希を愛しげに目で追う。
寄せては引いてを繰り返す波のように、子どもたちのテンションも満ちては引いても、冷めることはない。
「……でも記憶になくても何故か、あの二人を見てると不思議と重なって。きっと過ごしてきた時間が俺の一部になってるんだなあ、と……」
「…………」
――えっ!?
青木が驚いて、薪の顔を覗き込もうとした瞬間「マキちゃん!」と舞が顔色を変えて飛んでくる。
波打ち際の宝物集めに夢中で置きざりの希の方へ、青木は日向を抱いたまま立ち上がって向かう。
舞が飛んできた理由はわかっていた。
自分が薪をなかせてしまったのだ。
「マキちゃん、大丈夫?コーちゃんにいじめられたの?」
「いや、大丈夫だよ。砂が目に入ったんだ」
溢れた涙を拳で拭った薪は、心配そうに顔を覗き込む舞を見返して微笑う。
その視界の端には、丁度クルーズから戻った雪子たちの車をとらえていた。