☆2069 夏の別荘

「っ………あっ」

 どうしてこうなる?
 湯船の中でもずっと大男の腕から逃れられない。
 洗い場でも自分の身体にさえ触れる自由はなく、大きな手のなすがまま隅々まで肌を洗浄され、体内への侵入まで許してしまう。
 それだけじゃない。複数の指が付け根まで潜り込んで蠢き、結合の入口が解されていくのだ。

 まだ辛うじてしがみついてる理性が、快楽の喘ぎを最小限に圧し殺す。が、蕩けた奥から一気に引き抜かれる指に、縋るような甘い悲鳴が半開きの唇から漏れてしまう。

「……あぁん、っ……」

「ああ、ここ、すごく綺麗です」

 湯船に浸かる青木の顔の前に座らされてるみたいな格好で、視られてるところなんて一つしかない。そこへ情欲まみれの舌の侵入さえ安々と許すのは、心身全部を快楽に投げ込むのと同じだ。

「……っはぁ……」

「ふぅ、暑いな」

 ふと敬語が抜け落ち零れた男の声。ザバッと湯船が波立って、薪の背後に直立し迫ってくる大男の熱い肌に、薪は胸ときめかせて息を呑んだ。

 タイルの壁についた薪の両手を、青木の手が覆うように張りつけ、壁向きに重なる身体。
 逆上せた湯気が立つ大男の肌に触れる薪の肌は、表面温度は低いが内側は負けじと燃えたぎっていた。
 ああ、早く――
 突き出すような格好にさせられた薪の臀裂を、青木の怒張が圧し分けて、今まさに互いの熱が繋がろうとしている。

「ん……ぅっ……あ……おきっ………」

 熱い肉襞を擦りながら小刻みに進む青木が、ゆっくり奥まで到達する。
 それだけで脳天が痺れ、逝ってしまいそうだった。

「あっ……ま……てっ…………あっ……あっ……はぁッ」
 
 内側に刻まれる律動と一緒に、押し出される短い息。風呂場の熱気を吸いこんで、身体の奥やいたる感覚から快感を送られ揺さぶられ続ける心身は、とうにオーバードーズ状態だ。
 
 いつもならすぐに顔を見たがり早々に正面から抱き合うのに、今夜は違った。
 待たないし、気遣いの言葉もない。
 全身にまとわりつく独占欲にかられた視線。
 上気し汗ばむ背中が震えるさまや、情欲に任せて執拗に繰り返される抽送を、後ろからじっくり視姦されながら味わわれるのが超絶気持ちいいなんて、どうかしている。

「あなたの肌……すごく……お綺麗です。背中とかもう全部……」

 淡桃に色づく薪の肌に触れ、内側へきつく呑まれて交わる自身の五感で味わい悦に入る声。背後から撫で回してくる手や指に、薪の震えも感度の増幅もすべてが止まらない。

 青木が自分の欲を満たすだけのセックスに没頭するなんて、本当に珍しいことなのだ。

 衝動に突き動かされ周囲を顧みず進む青木を、仕事上では嫌というほど見てきた。
 それをプライベートで、それも自分の体内で、こんな形で思い知らされるなんて、望んでもなかったのに、身体が勝手に溢れる悦びに溺れていく。

 ゲストを待たせてる時間の中に無理矢理詰め込まれた、ありえない情交。その濃密さと余裕のなさが、青木のがっつきぶりに掛け合わされて、薪のナカを言い様のない背徳的な官能で蝕んでいく。

「…………」
 恍惚としながら奪われていく四肢の力が、愛しい腕の中ので崩れ、そこから先の記憶がなくなっていた。

 “アオキ”と連呼することも、上り詰め発散することも制御できずに。心地よい浮遊感だけに包まれた空っぽの身体が、風呂から上がって拭かれて、移動して布団に寝かされるまでの間、青木に色々面倒をかけたのは間違いないだろう。

 ただそれもすべて後戯の一部のように薪を快くさせたし、青木も愛でるように優しく、甲斐甲斐しく世話を愉しんだ。
 心をこめて、いや猛反省の念・・・・・をこめて。


「あの、黒田さん、上がりました。お待たせしてすみませんでした」

 黒田家の眠る奥の和室の襖越しに、青木が小声で伝える。
 “行為”はもちろんのこと、証拠隠滅の後片付けも含めると、風呂場での遭遇から二時間以上が経っている。
 黒田が順番を待っているのか、もはや分からないが、起こさない程度のトーンで伝言だけは残しておいた。

 賢者タイムどころの騒ぎではない。
 とことんやらかしてしまった後悔の奥底に、どっぷり沈み込む青木の、部屋に帰る足取りは重い。

 凄い寝相で爆睡する子どもたちの傍らに、くたりと横たわり、幼子みたいに眠る年上の恋人を見つめながら、もう“若気の至り”という年頃でもない三十路男は、愛しさの余韻とともに、恐怖の震えを噛み締めていた。

“フン、青木の癖に。ヤキモチなんて百年早い”

 翌朝思い切りご機嫌斜めの薪に舌打ちされ、バッサリ斬り捨てられる自分の姿が浮かぶ瞼が、充足とともに閉じていく。
 でもどれだけ詰られようと、こうしたかったのだ。
 自分だけが知っているプライベートな薪の美しさを、たとえ一瞬、視覚だけだとしても、お裾分けなんて誰にも許さない。
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