☆2069 夏の別荘

「喪失を感じられるのも……生きてるからですよね」

 耳元で囁きながら、繋がる身体を抱き起こすと、きついナカへと結合が深まる。
 薪の身体が焦らされてるのがわかるけれど、昨夜の反省から動くのを我慢してただ抱きしめる。
 
「薪さん……すきです。俺と生きてください……これからもずっと……」

「……っ……」

 答えの代わりに薪の腰が浮いて、ゆっくり自身を攻めはじめた。
 最初は浅く落として、じぶんの悦いところに触れながら、ときに深く、角度がずれ、新たな感覚に悶える身をまたさらに捩って。感じすぎて動けなくなると、今度は青木が下から突き上げる。
 淫らに揺れて綺麗に蕩ける薪の顔を見ながら、肌の表も裏も味わい、青木が最後は覆い被さって果てまで連れて行く。
 夢中だったが、がっつかず、極力慈しむように愛したつもりだ。

 
「……あ……おき?」

 上り詰め、縺れ合う脈動を、腕の中の薪のナカで感じながら、まさか自分が寝落ちしてしまうとは……

「……おい」

「……ハァ……まきさん」

「……っ……重い」

「……zzz」

 溶け合う熱に溺れる充足と爽快な疲労。
 そして背中に回った薪の手に撫でられているのが気持ちよすぎた。

 これは……幻聴なのか?
 まだ上がってる息と高鳴る鼓動。重なる身体の下から囁いてくる薪の小さな声に、青木は耳を疑う。

“ぼくもこうしていたい……おまえがのぞむなら”
 
 ま、まきさんが、こたえをくれた?
 そんなことありえるのか、それともここは天国か? まさか俺、上司・・の上で腹上死・・したのか……ってシャレ言ってる場合じゃないだろ!
 自分ツッコミしながら青木は甘美な眠りの淵に沈んでいく。


「ハッ……!」

 まだ薄暗い夜明け前。
 裸で突っ伏していた布団から腕立て伏せみたいに起き上がれば、すぐ隣で薪が笑いを噛み殺している。
 ぴたりと寄り添う距離にいる薪はすっきりした面持ちで、着衣も身につけて……片やこっちはマッパの間抜けた寝姿を見られていたと思うと、かなり恥ずかしい。

「風呂を沸かしたんだが、一緒にどうだ?」

「えっ……あの、はい。ぜひっ」

 せっかく労って抱けた(?)のだから、気を抜いて風呂場で暴走しないようにしないと……と、自分を戒めつつ即答する青木目掛けて「いくぞ」と昨夜の浴衣が飛んできた。


「ずっと見てたんですか?俺のこと」

 廊下の移動のためだけに羽織ってきた浴衣を脱ぎながら青木が聞く。剥がして持ってきたシーツも軽く手洗いしながら……もう色々と慣れたものだ。

「いや、ほんの少しの間だ。昔の相棒に似てると思ってな」

 青木は呆れて固まり、深いため息をつく。

「ハァ……あなたいつまで俺をあの鬼モテイケメンなお方と重ねるつもりなんですか……」

 薪は裸になりながら一瞬「え?」という顔で振り向き、クックッと笑いながら風呂場へ入っていく。
 コイツ何を勘違いしてるんだ。
 昔の相棒とは、バロンのことなのに。
 あの愛犬は僕が物心ついた時から一緒にいて、別荘ここにもよくついて来た。件の火災からも奇跡的に逃げ延びて長生きし、京都に発つ直前まで寄り添ってくれていた……大事な家族だ。

 檜造りの浴槽は匂いも質感もよく、ちょうど二人でゆったり入れる広さの落ちつける場所だった。
 薪が引き戸を開けると、次第に明るくなる和風テラスの竹垣と青々とした植栽の景観をバックに、白い肌が浮き上がる。
 その美しさに青木は目を細めた。さっきまでこの身体と繋がっていたなんて信じられない感動に震えて――

 これはまだ幸せの助走だ。
 一日の始まりに備えて身支度を整え、四人分の食事を作って、楽しく朝の食卓を囲みながら家族の時間が動き出すのだ。

「薪さん、そういえば今日は帰る前に子どもたちが……」

「ああ、宿題の絵日記を描くんだろう?」

「……ええ、ご存知でしたか」

 宿題を早く終えれば、また浜辺に出て。
 遊び疲れた子どもたちが帰りの車で眠りこけている間に、ケーキを買う予定をしていた。

 家族旅行で本人は忘れているだろうが、今日は希の誕生日なのだ。
 舞はお姉ちゃんらしく、家にプレゼントをちゃんと用意してから出掛けていた。

 帰宅したらまず子どもたちは風呂に入らせて、その間に薪と青木は夕食作りと、部屋をデコレーションをする算段になっている。
 その時は、背の高い青木がデコ担当、薪が料理担当になるのだろう。
 そして一日をしめくくるのは、可愛い希へ贈る楽しいサプライズだ。

 子どもとの幸せはひっきりなしにやってきて、目まぐるしく、忙しくて、じっくり味わう暇さえない。
 でも不思議と笑みが零れる毎日が続いていく。

 ちらりと横を見た薪は、青木が同じ笑みを浮かべて何か思い巡らせている様子に思わず苦笑した。
 こんな時間を重ねていき、いつか子どもたちが巣立っても……またこの場所でくつろぎながら笑みを噛み殺す自分たちを想像できてしまうほど絆されていることに、気づきもしていなかった。
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