装填Ⅱ

「で、お前はさっきから何を寝ぼけたこと言っている?僕が捜査やお前たちを放り出してどこに消えるというんだ、全く」

 俺の身体を強引に押し返し、乱れた髪やシャツを直しながら、急に薪さんは刺々しい言葉を発し始める。
 いつもどおりの口調と鬱陶しげな眉間の皺。
さっき二人がいた色の消えた虚しい世界はまるで夢だったかのように元通りだ。

 停車したままの車内で、二人はそれぞれのシートで進行方向をむいて姿勢を正した。

「早く出せ、遅れるぞ」

 ネクタイを直しながら助手席で足を踏み鳴らす薪さんの仕草に、俺は思わずくすりと笑った。

「何が可笑しい」

「いえ、あなたといると愉しいんです、すごく」

 走る車中で、俺の泣きべそが薪さんの髪や顔を濡らしたことをネチネチ責められてるうちに、すぐ空港に到着してしまった。


「着きましたよ」

「……ああ」

 Pレンジとブレーキを引きながら、ふと隣の薪さんと目が合う。
 運転操作から解放された手を差しのべると、しなやかな身体がこっちへ伸びてきて、背中に回る手が俺にしがみつく。

「…………」

 迷子になった舞を見つけた時みたく、俺も大切なひとを、夢中で隙間なく抱きとめた。
 ただ包まれ、包み込むことで互いの存在を確かめあい、心の安寧に辿りつこうとするかのように。

 でもここは人通りのあるターミナルビル前の降車場だ。ものの数十秒で理性がお互いの身体をほどくしかない。

「薪さん、色々ご心配かけてすみませんでした。気をつけてお帰りくださいね」

「うん、ありがとう」

 少し目が赤くなってる薪さんが、小さく笑った。

「手土産もなくすみませんが、また今度……っ……!?」

 不意にノーネクタイの胸ぐらを掴まれ強く引き戻されて、また前傾した俺は絶句する。

「んむ…………ッ……」

 薪さんの唇が俺の唇を塞いだからだ。
てかこれは、ずっと自制していた俺に対する決定的な煽り行為じゃないか!?

「…………っ、チュ…………はぁっ……」

 タガの外れた俺の舌が薪さんの繊細な唇の隙間に割り込み、熱く狭い口内をまさぐる深いキスになる。
 当然のことながら、薪さんのナカは今俺がいちばん這入りたい場所だ。
 今日だって射撃中気配を感じた瞬間から欲望が疼いてた。
 でも薪さんが急に儚く消えそうになるから掴まえるのに必死になって……あんな危うさを見せられたら、ちゃんと全部確かめるまで本当は離したくないに決まってるじゃないか。
 心の脆い部分が壊れてないか、強がりの裏で肌が凍えていないか、縺れたままの感情はないのか、隅々まで調べたい。
 全身を内から外まで愛しく撫でて、一晩中絡み合いながら。

 だが薪さんは冷静だった。
 理性を飛ばした俺の扱いもちゃんと心得ている、さすがのオトナだった。

「お前は……帰ったらそんな手で舞ちゃんの頭を撫でるつもりか?」

「……?」

 溶けあう唇が吸いあいながら、名残惜しく離れる。
 頬を包む俺の手を掴んだ薪さんが、不意に鼻先を埋めて息を吸い込んだ。
 触覚の次は嗅覚。
 薪さんに全集中する俺の五感が、一つずつ剥がされ現実へと向かされていく。

「物騒な匂いをさせてるから、家に帰ったらもう一度ちゃんと手を洗っておけよ」

「……ええ、わかりました」

 射撃でついた硝煙の匂いのことだろう。

 返答はしたものの、本当に気になるのはそこじゃなかった。舞に覚られたくないのは手に染みた匂いより、五感の届かない心の闇の方だ。

 燃え盛る俺の昂りを知ってるくせに、掌の中に埋もれていた薪さんの小さな顔がふと離れる。
「それじゃあ、頼んだぞ」と、気高く微笑んで。

「……はい」

 美しさに見惚れる俺を残して、薪さんは車を降りていってしまう。

「てかあのっ、待ってください!」

 このままじゃ次までカラダが持たない。
 俺は車を降りて助手席側に回り込み、薪さん行く手に立ちふさがる。


「……お前、その凶器は?」

「…………ええ、と、すみません」

「そんなもの今さら僕に突きつけて、どういうつもりだ」

「いえ、どうとかそういう……」

 電光石火で追いかける俺に掴まった薪さんは、車の影で背中から俺にの身体に押さえつけられている。
 凶器と言われたのは、薪さんの腰辺りに思い切り当たっている俺のズボンの下のアレのことだろう。

「これは無視で結構です。ただ次の約束をさせてください」

「約束……?」

 車の影でも俺の図体が目立つし、フライトの時間もある。
 躊躇っている暇もなく、俺は全部を吐き出した。

「ええ。正直俺は今すぐあなたの中にコレを収めたいのですが、捜査のカタをつけるまで無理なこともわかってるので死ぬ気で我慢するつもりです。だから……」

「ふ、何だ。お預けを覚えたのか」

背中を預けたまま薪さんが真上を向いて、熱っぽく見下ろす俺の視線と目を合わせる。

「なら、捜査が済むまで僕も待ってやる。決着後にはカラカラになるまで搾り取ってやるから覚悟しておけよ」

 伸びてきた右手がひんやりと俺の頬に触れ、その手に導かれるように二人の唇がそっと重なった。
  一瞬触れただけなのに、やけに艶かしいキス。

 ぽ~っとしてる俺を残して、薪さんが離れていく。
 スマートに後ろ手を振って――

 振っている薪さんのもう片方の手に………俺はやられたのだ。

 戻った車のシートにへなへなと沈む。
 薪さんの手は、離れる直前、突きつけられた凶器を持ち上げて掴み、弄ぶように撫で上げていったのだ。

 まったくあの人には何一つ敵う気がしない。
 格好よくて憧れの人なのに、見惚れるほど美しく、とろけるように可愛らしくて。

 キスした清純な唇も、猛る凶器を弄んだ手もあの人の真実の姿。
 すべての虜になってる俺はただ、次に与えられる機会をひたすら待つ“忠犬一行”でいるしかないのだった。
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