装填Ⅰ R18

夢見心地とは、まさにこのことだ。

軽やかで静かなキーボードのタイプ音に気持ちよくいざなわれて目を開いた俺の視界がとらえたのは、オフホワイトの天井、壁、カーテン……そして、傍らにはそれよりもなお白く美しい肌の…………ま、薪さん!?

「え、ヤバっ今何時……」

夢の続きみたいな光景にすでにキャパオーバーの俺は、情事の痕跡がそのまま残るベッドを飛び出し、リュックの中から取り出したノートPCにかじりつく。


「どうしたんだ青木。特命出張中のお前が真っ裸でしなくちゃならないほどの事態が、第八管区で起きたのか?」

涼しげな薪さんの声はいつもどおりだ。腰から下をシーツで隠した一糸纏わぬ姿でいることだけが、大問題なのであって。

「いえ、わかりません。恥ずかしながら昨夜俺、職場のことチェックせず寝てしまったので……」

職場とは勿論、第八管区のことだ。

「まあ落ち着け」

薪さんは慌てる俺を一瞥し、長い睫を伏せてふわりと微笑んだ。

「まだ勤務時間前だぞ。状況の確認ならお前はこれだろ」

どこに置いてあったのか、ポイポイと次々に飛んできたのは俺の眼鏡とスマホだ。

「…………はい。異常なし、です」

薪さんはとっくにご存知なのだ。第九の全管区が無事に正常な朝を迎え、俺のいない第八管区も円滑に回っていることを。

つまりパニクっていたのは俺だけ……というか、混乱は自分が置かれたこの状況に対してだ。頭を冷やすため仕事を辿って、今ようやく姿勢を立て直したところだ。

でも薪さんはどうしてあんなに落ち着いてるんだろう。
昨夜は淫らに蕩けた身体を開いて、俺のすること全部を受けとめてくれて。そればかりか“人ってこんなに蕩け合えるんだ”って驚くほど、密接し、深いところまで導かれた。

「あの………薪さん、お体とか大丈夫ですか?」

「………これが大丈夫に見えるのか?」

しまった。
早速地雷を踏んだらしい。
綺麗な眉間に思い切り皺を寄せ、色素の薄い大きな瞳がギロリとこちらを睨む。

「ひっ、スミマセン。どこか具合がお悪いなら手当てを……」

「手当てじゃないだろ?洗え」

「え……」

薪さんはご自分が何を仰っているのかわかってるのだろうか?

「くそっ……体の中も外もお前だらけで……早くどうにかしろっ」

ポカンとした俺を睨み、薪さんはPCを閉じる。
乱れたシーツを纏い気だるく髪を掻き揚げる圧巻の美しさと、吐かれる言葉の強烈な刺激の対比に、いつのまにかまた硬くなってる特定部位を、俺はシーツでこっそり隠す。

「………とにかく。運べ」

「は、ハイッ!今すぐ」

俺は脊髄反射で直立し、バスルームを指差す不機嫌な美しい姫を恭しく抱きあげて運んで差し上げた。


「あ………ここにも………」

大きなシャワーヘッドから降り注ぐ湯の下で、泡だらけにした薪さんの肌を洗い流す俺の手が止まる。

「やっぱり今日はタートルとかで首元を隠された方がいいですよ」

「………無理だ………今日は人と会う……し」

「えっ、あなたこんな状態で人と?」

ただでさえ見目麗しく人を惹きつけるのに、今日は艶かしさも加わり超弩級だ。
その肌のところどころに、俺が夢中でつけた紅い印が点々と浮かび上がっているのだ。
この人にアポを入れる相手なんてきっとかなりの要人に違いないけど、心がジリジリと焦げつく。こんな薪さんの片鱗を他の誰かに見せたくないから……

「ていうかお前、痕つけるなら……見えないとこにしろ。バカなのか?もしくは日頃の僕のパワハラへの、報復のつもりだな?」

「いいえ、それはないです。配慮不足で申し訳ありません。今後は気をつけますんで……」

「………待っ、やめ……っ、お前っ動きヘン……っ……」

「へっ?俺は何も、洗って差し上げているだけで…」

「じゃあ何でココこんなに勃たせてんだっ」

「これはっ……違います!薪さんがあまりにお綺麗で、その、不可抗力の現象で……」

真っ赤になって焦る俺を見て、薪さんがくすりと笑った。

「本当に、手のかかる奴だなお前は」

俺の正面に立つ薪さんが肌を密着させてくるから、俺の鼓動が爆発しそうに跳び跳ねる。

「えっ、あのっ……あああ、そんなっ……」

猛る股間に薪さんのしなやかな手指が宛がわれて……真っ赤な顔で思考をぶっ飛ばしたまま俺は目を瞑り、委ねるしかない。

「ふ~ん。昨夜の激務と研鑽の後で散々致したのに……お前やっぱり若いんだな」

「ヤメテクダサイ」

「ん?僕も洗ってやってるだけだが?」

いえ、俺の若さじゃなく薪さんの魅力です………と言い返そうにも、俺は薪さんの手管に全てを持っていかれて、昇天寸前。

ただ………薪さんのこういう態度は、超絶わかりにくいのだけれど、もしかすると無意識に……俺に甘えているのかもしれなくて。何だかんだでギリギリの時間まで、薪さんはこうしてまだ俺と肌を触れあったり構い合いたいのだと確信するにつれ、愛しさが止まらなくなる。だから………


「今度こそ本当にこれで出しきれたんだろうな?」

「……はい。あなたが煽らなければ、大丈夫です」

今は短い時間が許す限り、この人とともに過ごす幸せを一呼吸も漏らさず満喫しようと、俺は流れるシャワーの下で薪さんを強く抱きしめた。
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