装填Ⅰ R18

 深夜まで訓練に徹した部下を、上司が家に連れてくるとするなら労いか激励のためだろう。
 でも僕は違う。
 どうにもならない自分の身体の疼きを預けるために部下を引っ張り込んだ、セクハラ上司なのだ。

 使い慣れたバスルームで、一途な愛撫が染みついた肌を、ひととおり洗い流す。
 どうして青木は、いつも僕を大切に扱うのだろう。まるで高貴なもの、もしくはか弱い赤子みたいに、とにかく大切に。
 そのせいで、ただの皮膚に過ぎなかった自分の肌が、どんどん特別な価値を覚えていく。これは僕にとって幸なのか不幸なのか。少なくとも今は、前者の気持ちが先走ってやまない。


「………!」

 ギクリ、と足を止めたのは、脱衣場の鏡に映る自分の姿のせいだ。
 そこにあるのは、今まで自分の周りで嫌というほど見てきた “恋する乙女たち” の顔だった。
 得体の知れない生物と遭遇したように、僕はただ恐れおののいて自分から目を逸らした。
 その瞬間、身体がふわりと浮き上がって………

「わっ」

「薪さん♪」

「………何だっ、離せ……っ」

「待ちきれないので、お迎えにあがりました」

「待て、裸だし、拭いてもないしっ」

「ええ、それは見ればわかります。構いませんよ、どうせ脱ぐんだし、結局汗とか色々まみれるんですから……」


「ばかっ、そこ……は……っ…止せ!」

 背中がシーツに着地すると同時に、堪え性のない手指が僕の股間に届く。

「っ…………」

 屹立の尖端に滴る蜜を掬い取った指が、次々に後ろを抉じ開け滑り込んでくる。

「…………あぅっ」

 浅ましく吸いついて、受け入れていく僕の身体。
 奥の熱に届きそうな長い指に掻き回される身体が仰け反って震え、やがて糸の切れた傀儡のように力を失った。

 青木のこういうところだ。
 育ちのいい奴特有のおっとりさとうらはらの、相手の核心に直球で飛び込む思い切りのよさ。仕事ではそこが頼みだが、こうして向き合う時はニガテの極みで……

「準備が雑ですが、すみません!挿れます!」

「……っ、勝手にしろ」

 雑どころか、その逆だ。弱いところを確実に攻めてくる前戯に、逝かされそうになるのを僕は堪えまくっていた。

「……あ、薪さん……涙…………痛いですか?」

「…………構うな、続けろっ」

 滲むのは快楽と、柄にもない幸せの涙なのに、ヘンに気遣って唇で拭う青木がかわいい。
 そうだ、かわいいんだ。
 僕はこんなデカイ男のことを、何年も前から目に入れても痛くないくらいかわいく思っていた。
 そして、守りたかった。
 僕より高い体温を伝えながら潜んでくる青木を受け入れ、馴染むまでじっと抱き合う。
 守り、守られるなんてこんなふうになってしまえばもう無理だ。快感も膨れ上がり縺れ合うし、互いの闇にもとめどなく浸食し合ってる。

「……ん……チュ……はっ……」

 愛しげに撫でるキスに焦らされ我慢できない僕が、繋がる腰を僅かに揺らす。と、釣られた青木は悩ましげな息を吐き、引き気味にしていた腰を僕の奥へと押し込んだ。

「……あっ!何か今日気持ち良すぎてヤバいって思ったらあの……つ、つけてないんですが」

「…………」

 知ってる。自宅に呼ぶつもりもなかったし、抱き合う予定もなかった。ただここまできて今更なことを言うこいつもこいつだ。

「もういい、から…………動け」

「スミマセン。まだ、無理です」

「…………?」

「初めて全部入ったのが悦すぎて……動けません」

 頬を紅潮させて応える真顔に胸を疼かせながら、僕は青木の眼鏡を外してヘッドボードに放り置く。

「起こせ」

「え……」

「僕が動く」

 抱きつく僕の身体を乗せたまま青木は上体を起こしながら喉の奥でウッと低く呻く。
 結合の締めつけがきついのだろう。僕は甘く砕けそうな腰を、ぬるぬると上下に動かしはじめる。

「……く……っ、ヤバいです、薪さん……ぁふ……ムグっ」

 こっちが照れ臭くなるくらい色呆けた声を零す青木の唇を、噛みつくように唇で塞ぐ。
 本当に、何もかもが甘過ぎだ。
 淫靡な水音をたてながら互いの口唇と交接部が絡み、擦れ合い、溶けていくように動けなくなる。と、今度は僕の腰を掴んで倒した青木が、ベッドの上でまな板の鯉の僕を、情慾に任せて角度を変えながら貪り喰った。
 それは届かないはずの奥の奥まで攻め込んできて……


「俺、薪さんとこうなってから……ずっと苦しかったんです。最高の幸せを味わいながらも、終わりが来るのが怖くて」

 上り詰めた余韻を分かち合う青木の胸の高鳴る鼓動に頬を預けて、ぼんやり言葉を聴いている。

「でも今日は違う。終わりどころか、何かが始まった気がします」

「ふ、そんなの気のせいだ」

 微笑んだかたちの唇が重なる。
 二つの身体を緩く繋げていた青木の杭はいつのまにか勢いを取り戻し、注いだばかりの体液を掻き出さんばかりにまた僕を穿ちはじめる。

 青木とのセックスはどこまで行っても“愛すること”と表裏一体だから。
 溺れれば溺れるほど、僕の心も満たされていく。

 なのに、窓の外が白んだ頃、短い眠りから醒めて、隣で眠る青木の寝顔を見つめると。
 ぜんぶ出しきって充足した身体のどこかにまた、小さな渇望が生まれてくるのが、とても不思議だった。
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