2067 薪誕 天使の企み
自分の誕生日なんて普段と何ら変わりない一日。
幼かった頃ならまだしも、もう長いあいだ意識せずに過ぎていく日常になっていたのに。
今年その日に限ってやたらとソワソワするのは、少し前から続くある部下の奇怪な言動のせいに違いなかった。
「えっ、所長、今舌打ち……」
デスクに両手をついてガタンと席を立ち、捜査室を出ていく薪の背中を部下たちが次々に振り返って見送る。
重要案件が集中する中核管区の第三で、いつも先陣を切り怒号を飛ばしている薪が、どんより曇ったオーラを纏って朝から黙りこくっているのも周囲に一層不気味な印象を与えているようだ。
“落ち着け、だらしないぞ!”
洗面所に駆け込んだ薪は、鏡の前で冷水を浴びせた自分の顔を睨み、心の声で叱咤する。
“来月28日、ほんの少しの間でもお会いしたいです。仕事以外の予定は入れないでくださいね”
裸で抱き合うベッドのなかで、くしゃくしゃの脳裏に刷り込まれた約束。
来月28日が何の日かピンとこないまま、結ばれてた余韻に任せて頷いてしまった失態を、今からでも取り消せるものなら取り消したい。
だいたい何故こんなに面倒な事態になっているんだろう。
一線を越えたばかりの頃はこんなんじゃなかった。
仕事絡みで上京した部下と仕事に没頭し、その延長で夜になりホテルに行き着く流れで。抱き合った翌朝は別々の管区へと舞い戻るパターンだったから、照れや動揺も最小限で済んでいたのだ。
それが12月誕生日だのクリスマスだの目白押しのイベントのせいで、妙に張り切る大男との甘ったるいやりとりに巻き込まれ、溶かされ舞い上がって。
年末はお手々つないで彼氏の実家にお泊まりまでして、ほのぼのと温かい時間に浸りきってしまった。
いやいやいやいや、彼氏じゃない、そもそもアイツはただの部下なのだ。
強いて言えば第九ファミリーの中で一番手のかかる末っ子で。デカい図体の割に可愛いとこあるからつい甘やかしてしまってるだけ、つまり火遊びだ、うん。頭ではわかってる。
「………はぁ」
ハンカチで水気を拭って幾分すっきりした顔で鏡の前を離れようとした薪は、スーツのポケットで振動する携帯にビクリと立ち止まる。
「っ……もしもし!」
「あっ、薪さん、お忙しいとこすみません。ダメ元でお聞きしますが、今日定時にあがれたりしますかね?」
家族の誕生日最優先の欧米人パパみたく陽気な青木の声が耳に飛び込む。
常に緊迫した職場の状況を知ってるくせに、何なんだその浮かれ様は!
「あなたの誕生日パーティーをしたいので、よければいらっしゃいませんか?来れるならタクシー出しますよ」
「いや、すぐには無理だ。報告待ちの事項がいくつかあって、それを片付けてからでないと」
「そうですか……なら仕方ないですね」
青木にしては珍しく、あっさり引き下がって通話が終わる。そのやりとりのすぐ後で飛んできた30分後のweb会議登録通知を見ながら、薪は洗面所を後にした。
誕生日を祝いたくてウズウズしている相手に応えるべく仕事を最小限で切り上げたとしても、帰りは22時を回るだろう。
タクシーを出す、ってアイツ今どこにいるんだ?
そして30分後の18時。謎が解けはじめる。
幼かった頃ならまだしも、もう長いあいだ意識せずに過ぎていく日常になっていたのに。
今年その日に限ってやたらとソワソワするのは、少し前から続くある部下の奇怪な言動のせいに違いなかった。
「えっ、所長、今舌打ち……」
デスクに両手をついてガタンと席を立ち、捜査室を出ていく薪の背中を部下たちが次々に振り返って見送る。
重要案件が集中する中核管区の第三で、いつも先陣を切り怒号を飛ばしている薪が、どんより曇ったオーラを纏って朝から黙りこくっているのも周囲に一層不気味な印象を与えているようだ。
“落ち着け、だらしないぞ!”
洗面所に駆け込んだ薪は、鏡の前で冷水を浴びせた自分の顔を睨み、心の声で叱咤する。
“来月28日、ほんの少しの間でもお会いしたいです。仕事以外の予定は入れないでくださいね”
裸で抱き合うベッドのなかで、くしゃくしゃの脳裏に刷り込まれた約束。
来月28日が何の日かピンとこないまま、結ばれてた余韻に任せて頷いてしまった失態を、今からでも取り消せるものなら取り消したい。
だいたい何故こんなに面倒な事態になっているんだろう。
一線を越えたばかりの頃はこんなんじゃなかった。
仕事絡みで上京した部下と仕事に没頭し、その延長で夜になりホテルに行き着く流れで。抱き合った翌朝は別々の管区へと舞い戻るパターンだったから、照れや動揺も最小限で済んでいたのだ。
それが12月誕生日だのクリスマスだの目白押しのイベントのせいで、妙に張り切る大男との甘ったるいやりとりに巻き込まれ、溶かされ舞い上がって。
年末はお手々つないで彼氏の実家にお泊まりまでして、ほのぼのと温かい時間に浸りきってしまった。
いやいやいやいや、彼氏じゃない、そもそもアイツはただの部下なのだ。
強いて言えば第九ファミリーの中で一番手のかかる末っ子で。デカい図体の割に可愛いとこあるからつい甘やかしてしまってるだけ、つまり火遊びだ、うん。頭ではわかってる。
「………はぁ」
ハンカチで水気を拭って幾分すっきりした顔で鏡の前を離れようとした薪は、スーツのポケットで振動する携帯にビクリと立ち止まる。
「っ……もしもし!」
「あっ、薪さん、お忙しいとこすみません。ダメ元でお聞きしますが、今日定時にあがれたりしますかね?」
家族の誕生日最優先の欧米人パパみたく陽気な青木の声が耳に飛び込む。
常に緊迫した職場の状況を知ってるくせに、何なんだその浮かれ様は!
「あなたの誕生日パーティーをしたいので、よければいらっしゃいませんか?来れるならタクシー出しますよ」
「いや、すぐには無理だ。報告待ちの事項がいくつかあって、それを片付けてからでないと」
「そうですか……なら仕方ないですね」
青木にしては珍しく、あっさり引き下がって通話が終わる。そのやりとりのすぐ後で飛んできた30分後のweb会議登録通知を見ながら、薪は洗面所を後にした。
誕生日を祝いたくてウズウズしている相手に応えるべく仕事を最小限で切り上げたとしても、帰りは22時を回るだろう。
タクシーを出す、ってアイツ今どこにいるんだ?
そして30分後の18時。謎が解けはじめる。