2066 青誕 大人の階段

「…………」

「薪さん」

「…………」

「ちゃんと、こっち見てください」

「……はぁ……っ……」

照明にようやく慣れてきた視界が、前髪を乱した青木の切実な形相を捉える。
薪の瞳に映った青木の、優しげに微笑んだ唇が近づいてきて、触れる直前の薪の唇に熱い吐息で言葉を刻んだ。

「薪さん……好きです……」

ドクン―――と身体のおくで青木の熱が爆ぜる。

その拍動に絡み合う薪の内側も、熱を散らした外側も、同時にぜんぶ尽き果てる。



「…………やっぱり俺、あなたに見つめられて逝くのがいいです」


「……ああ……」


茫然とした薪の表情を、繋がったままの青木が心配げに覗き込んだ。

「あ、すみません、これ、取っちゃいけませんでしたかね」

「……いや……ありがとう。でもどうやって……」

「え?どうやって、って……」

目を見開いたまま訊ねる薪に、青木が一瞬不思議そうな顔をし、それから笑って答える。

「簡単ですよ、こうしただけです」

薪の首元で、あの布が青木の引っかけた人差し指の動きに合わせて上下に動いた。


…………そうだ、簡単なことなんだ。


到達するまで目隠しを外さない、という決めごと。
あの頃自分が自分にかけた呪縛が、まだどこかで自分を縛っていた滑稽さに、薪は自嘲の笑みを噛み締める。

そして、首から外した布を丸めてさっさとゴミ箱に放り投げた。


「本当は外すの躊躇ったんですよ」

「……?」

「あなたがたまに夜、魘されてるときも起こそうか迷うんですが……」

結合が解かれた頼りない身体を、大男の温かいぬくもりがすっぽり包み込んでいる。

「これからは、起こしますね」

「…………うん、起きれば、な」

子どもみたいに生欠伸しながら、薪は青木の胸にぴたりと頬をくっつける。
すべてがそんなにうまく行くわけじゃないのに、オメデタイ奴だ。

でも青木の味を覚えている肌は、享受したいつも通りの快楽にすっかり充足しきっていた。
少なくとも棄てる程の価値も感じないあの過去は、いつしかとっくに塗り替えられていて。
思考の片隅に刻まれた呪縛も消え去り、あとは心地よい温もりのなかで、安らかな眠りにつくだけだ。
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