2067 薪誕ss 特捜と特別な夜の特権
特捜に呼び出した部下が、モニター前に突っ伏し眠っている。
第八管区の仕事を終えるやいなや、室長の大男が飛んできたのは昨夜のこと。
その後捜査の席についたきり、トイレ以外にはほぼその場を離れていない。
今日の昼間は他の捜査員たちと一緒に弁当を注文していたから、飲まず食わずは免れていると思う。
それにしたってかなり根詰めて、力も使い果たしたに違いない。
眠る男を労うように、薪は背後からそっと肩に手を置いた。
「……んあっ? 薪さんっ!?」
無意識に張っていたアンテナを触発されたその男は、即刻顔を挙げて腕時計を見る。
立ち上がる音と、転がっていくキャスター付きの椅子。と同時に薪が見上げる先には、ズレた眼鏡をなおした青木一行が、直立不動で向き合っていた。
「お誕生日おめでとうございます」
「え?……ああ」
深いお辞儀とともに顔を覗き込まれた薪は、目をパチクリさせながら、向けられる真っ直ぐな視線と自分の腕時計を交互に見る。
そういえばもう零時過ぎ、日付が1/28に変わっていた。
無駄口一つ叩かず約二十七時間。捜査に没頭していた部下の第一声が、まさか自分に向けた祝福の言葉とは。
しかもそんなに気合を入れて。
呆れつつも、薪の頬がゆるんだ。
「ありがとう。報告書も短時間でよくまとめたな。これなら朝イチで家裁に提出できそうだ」
「ありがとうございます!」
ちょっと前まで薪に褒められるだけで奇跡のように舞い上がっていたこの男。それが今や特捜で真っ先に声がかかったり、報告書も宙に舞わずに一発で受領されている。
本人に自覚はないようだが、僅かながら着実に前進はしているようだ。
「少し休め。完徹だっただろ」
綺麗な指がさし示すソファーを目で追う青木の胸が熱く高鳴った。
あれは七年前二人が出会った時のソファーだ。
第九組織の全国展開後も、なぜか当時のままだ。
でも二人の関係は、今は違う 。
「よければ、あなたもご一緒に……」
大きな手が包むように、指差す手首を掴んだ。
華奢だが軽すぎない掴みごたえのある手首。
力を入れると、しなやかな弾力を手のひらに感じる。そのまま震える肩や身を捩る腰のライン、仰け反る背中の曲線や、しがみつく手足の瑞々しい弾力まで次々浮かんでくる青木は、すでに薪の身体の細部や内側まで身をもって知る仲なのだ。
「僕は一旦帰宅して出直してきたからいい。これから勤務だから構うな」
ピシャリと振り払われて、うっとりしてしまう自分はМ傾向なのだろうか? いや、むしろベッドでМなのは薪の方だ。加虐心をくすぐる行為をあれこれ強請っては、身体のあちこちを潤ませて悦んで……
風呂上がりのソープの匂いが交じる薪の匂いが、淫らな記憶とともに睡眠不足の脳裏を刺激して、青木は元いた席に後ずさり砕けた腰をへたりと下ろした。
「あの……」
「何だ」
背を向け立ち去ろうとした薪が、怪訝な顔で振り返る。
「俺も朝からはここで自分の管区の仕事をしていいですか」
「好きにしろ」
いつもより低く押し出す薪の声がどこか上擦ってきこえるのは、自分の疚しい気持ちのせいだろうか。
「……っ、何だ。まだ何かあるのか?」
物言いたげな視線を振り切れない自分に舌打ちしながら、薪はもう一度振り返った。
「……いえ、何でもないです」
捜査席に張り付いてる間、二度曜日が変わった今日は金曜日。
“今夜はあなたの誕生日を二人きりで祝い、週末もずっと一緒にいたい” だなんて、いくら報告書が上がったとはいえ、特命任務中の職場で上司 に訊ねる勇気は、さすがの青木も持ち合わせていなかった。
第八管区の仕事を終えるやいなや、室長の大男が飛んできたのは昨夜のこと。
その後捜査の席についたきり、トイレ以外にはほぼその場を離れていない。
今日の昼間は他の捜査員たちと一緒に弁当を注文していたから、飲まず食わずは免れていると思う。
それにしたってかなり根詰めて、力も使い果たしたに違いない。
眠る男を労うように、薪は背後からそっと肩に手を置いた。
「……んあっ? 薪さんっ!?」
無意識に張っていたアンテナを触発されたその男は、即刻顔を挙げて腕時計を見る。
立ち上がる音と、転がっていくキャスター付きの椅子。と同時に薪が見上げる先には、ズレた眼鏡をなおした青木一行が、直立不動で向き合っていた。
「お誕生日おめでとうございます」
「え?……ああ」
深いお辞儀とともに顔を覗き込まれた薪は、目をパチクリさせながら、向けられる真っ直ぐな視線と自分の腕時計を交互に見る。
そういえばもう零時過ぎ、日付が1/28に変わっていた。
無駄口一つ叩かず約二十七時間。捜査に没頭していた部下の第一声が、まさか自分に向けた祝福の言葉とは。
しかもそんなに気合を入れて。
呆れつつも、薪の頬がゆるんだ。
「ありがとう。報告書も短時間でよくまとめたな。これなら朝イチで家裁に提出できそうだ」
「ありがとうございます!」
ちょっと前まで薪に褒められるだけで奇跡のように舞い上がっていたこの男。それが今や特捜で真っ先に声がかかったり、報告書も宙に舞わずに一発で受領されている。
本人に自覚はないようだが、僅かながら着実に前進はしているようだ。
「少し休め。完徹だっただろ」
綺麗な指がさし示すソファーを目で追う青木の胸が熱く高鳴った。
あれは七年前二人が出会った時のソファーだ。
第九組織の全国展開後も、なぜか当時のままだ。
でも二人の関係は、
「よければ、あなたもご一緒に……」
大きな手が包むように、指差す手首を掴んだ。
華奢だが軽すぎない掴みごたえのある手首。
力を入れると、しなやかな弾力を手のひらに感じる。そのまま震える肩や身を捩る腰のライン、仰け反る背中の曲線や、しがみつく手足の瑞々しい弾力まで次々浮かんでくる青木は、すでに薪の身体の細部や内側まで身をもって知る仲なのだ。
「僕は一旦帰宅して出直してきたからいい。これから勤務だから構うな」
ピシャリと振り払われて、うっとりしてしまう自分はМ傾向なのだろうか? いや、むしろベッドでМなのは薪の方だ。加虐心をくすぐる行為をあれこれ強請っては、身体のあちこちを潤ませて悦んで……
風呂上がりのソープの匂いが交じる薪の匂いが、淫らな記憶とともに睡眠不足の脳裏を刺激して、青木は元いた席に後ずさり砕けた腰をへたりと下ろした。
「あの……」
「何だ」
背を向け立ち去ろうとした薪が、怪訝な顔で振り返る。
「俺も朝からはここで自分の管区の仕事をしていいですか」
「好きにしろ」
いつもより低く押し出す薪の声がどこか上擦ってきこえるのは、自分の疚しい気持ちのせいだろうか。
「……っ、何だ。まだ何かあるのか?」
物言いたげな視線を振り切れない自分に舌打ちしながら、薪はもう一度振り返った。
「……いえ、何でもないです」
捜査席に張り付いてる間、二度曜日が変わった今日は金曜日。
“今夜はあなたの誕生日を二人きりで祝い、週末もずっと一緒にいたい” だなんて、いくら報告書が上がったとはいえ、特命任務中の職場で