2069薪誕 SCENT

 ほとぼりが冷めてもなお、濃密な情事の甘酸っぱさに交じる互いの好きな香り。くるまれた毛布の温もりと一緒に深く吸い込むと、頭髪に埋められた相手の鼻先も深く呼吸した気がする。

 普段一番酷使してるのに、情事であまり使わなくなるのは視覚かもしれない。ベッドで眼鏡をはずせば青木はド近視だし、捜査では昆虫並みの視薪の視力も、このときばかりは滲みだす快楽で曇る。
 代わりに他の感覚は大活躍だ。
擦り合わせる肌、口唇でなぞりあう味、心拍や息遣いを受け取る鼓膜もとにかく忙しい。中でも嗅覚は、猫にマタタビを与えたみたいにアオキの香りが薪によく効く。
 だから目覚めた今も、朝の寝床の残り香にさえ、酔いしれてしばらく動けないのだ。

 シーツのなかで転がりまわりたいくらいの恍惚感に包まれながら、薪はぼんやりと思考を巡らせる。
 いつしかこの若い大男の侵入を許すようになった。部屋の中はもちろん、自分の身体の隅々までも。
 しかし振り回されているのは、もっと前からだ。
 だって傍にいようが、離れていようが、一つになろうが、いつでもその存在は薪を翻弄し続ける。たぶん出会ったときからずっとそうなのだ。


 恍惚の香りの隙間から届く、温かい朝餉の匂い。

 空腹感に引きずり出された薪の意識とともに、ぱっちりと淡褐色の目が開いた。
 食欲は性欲と密接な関係があるという説は当たらずとも遠からずだろう。
 何を食べるかよりも、誰と食べるかで、ちゃんと欲が湧いてくるから。
 今は食べたい。
そしてまた消耗して、眠って。青木と二人きりの休日は、三大欲求を思い切り満たすためにある。
 二人が付き合うようになって、デートやイベントごとにもマメに気を配る青木だが、薪にとってはそっちはおまけ。いわばプレゼントの包装紙のようなもので。本能的に求めてやまないのは、青木と繋がるときだけ感じる原始的な生の実感のみなのだ。
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