2069薪誕 SCENT

 それから丸一日が経とうとしている1月26日土曜の夜。
 玄関のドアの小さなモーターが動作して錠が外れる音に、ソファで微睡む薪の瞼がぴくりと動く。

 静かにドアが開閉し大きな影が近づいてくるのを、目を閉じたまま、胸踊らせて待っている薪の柔らかな栗色の髪が撫でられ、瞼が翳って唇に熱い吐息がかかる。


「薪さん、ただいま帰りました」

「……おかえり」

 絡む吐息の熱とうらはらに、触れた青木の唇は外気で冷えていた。

「ああ、もう……湯冷めしますって……どうしてこんなところに?」

 本を読んでいたんだ、と誤魔化す薪を、冷たいコートを脱いだ青木がぎゅっと抱きしめる。

「そんな、寒い思いして待っててくださらなくても、俺も自力でセキュリティ通れるようになったんですし」

「……」
 耳元に触れる唇が零すとぼけた質問に、ジャケットを脱がす薪の手が止まる。

「もしかして、俺があなたの部屋を解錠できること、忘れてました?」

止まった薪の手の代わりに、大きな手が自らネクタイを解きはじめる。

「そんなことどうでもいい。僕が冷えたら温めるのがお前の役目だろ」

「っ……」

 青木はドキリとして姿勢を正す。服を脱ぐ青木の手を口づけして、ズボンのベルトに手を掛けながら見上げてくる薪の無垢な上目遣いは、完全に反則だ。

「じ、じゃあ風呂にでも一緒に入りますか」

「は?馬鹿なのか?」

 いや“無垢”は撤回。
 怪訝な顔で長い睫毛をぱちくりさせる薪の顔を見返して、青木は深いため息をつく。

「お前は風呂だけでアツくなれるのか?」

「……ええ、あの……」

「無理だろ?お前が入るのはそこじゃない」

 ……きた。
 これはまさかの下ネタなのだ。しかも結構オヤジ寄りの。

「来い」

 ネクタイを引っ張られて連れ込まれた寝室で、青木は脱ぎすてたスーツを床に散らかしたまま、薪の部屋着のズボンを剥いで露出した下肢の付け根に顔を埋めて、ピチャ、クチュと愛撫の音をたてはじめる。

 薪の性欲は見た目同様に若い。
感度は瑞々しいのに、その奥はドロドロにアツくて。いつも狂わされ、墜ちるところまで墜ちていく。
 だから青木も白状させられてしまうのだ。九州の自宅から遠路遥々逢いに来た恋人との三週間ぶりの再会を、噛みしめる段取りをぶっ飛ばして「俺が真っ先に入りたいのはあなたの中です!」と。
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