2069薪誕 SCENT

 時を戻して30分前の会議室。

 全管区の室長がオンラインで繋がる会議の席では、ある事件の速報が報告されていた。

 第七管区の雑木林で本日未明に発見された遺体に続き、昼過ぎには第八管区でも不審な遺体が見つかった。共通点は激しい脳の損傷。推定年齢も近く、身元が判ればまだ色々出てきそうだった。

「見えている関係性は?」

「今、両管区総動員でニューロン修復中です。断片的に上がっている画によるとおそらく…」

「遅い!!」

 両管区の対応の速さに驚く室長たちを尻目に、薪の怒声が響く。

「斎藤。推測は要らない。すぐに画を出せ!」

「ハッ……それはもうしばらく……」

 無理難題に戸惑う空気をものとせず、薪は画面越しに斎藤に詰め寄る。

「斎藤」

 突き刺さるような棘のある声から、トーンが一段下がった。

「修復技術ではお前たちの何倍も有能な連中の協力を、なぜ仰がない?」

「……えっ、でも…」他の管区の案件を止めてまでは……と言いかけた斎藤に被せて「申し訳ありませんでしたっ!!」と青木の大声がスピーカーを震わせる。
 深い角度で頭を下げているせいで、その姿は画面から消えんばかりだ。

「忘れたのか?お前と作業してる役立たずは、某カルト教団事件の重要捜査の際、ニューロン大修復命令をガン無視したド素人だぞ?」

「ええっ薪さん、いくら何でもその言い方はヒドいです!俺だって管轄区の他の事件では……」

 薪の凍りつくような視線に、青木は反論を呑み込む。

「おい、お前たち」
 薪が唇の端を歪めて画面を見渡すと、向こう側の室長たちは全員蛇に睨まれたカエルの顔になっている。
「今から全員でニューロン修復だ。僕らの知らない間に大層な実績を積んだらしい第八管区室長様の指揮を仰げば、秒で終わるだろう」

「はっ……ハイッ!!!」

 そこから先は、鮮やかな手際で全管区室長陣による修復作業が進んだ。

 第九レジェンドメンバーの確かな腕と、薪の圧にかかれば、秒とはいわずとも、ものの四十分で修復は完了。
 青木と斎藤だけでもニ・三時間で済んでいただろうが、救援を求める手を打たなかった自分を青木は深く反省せざるを得なかった。

 各管区から届く修復済みの画から読み取れる情報をリアルタイムに捜査一課に提供する連携で、結果的には第六管区まで捜査範囲を広げつつ、日付が変わる前にホシが上がったのだから。
 犯行の原因は、大学の同窓生同士の金銭トラブル。追い詰められていた犯人は自ら命を断つ直前に身柄を確保された。
 このスピード感と精度をもって臨まなければ、犯人はあの世に逃げていただろう。
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