2066 青誕 大人の階段

「え……」

ドアスコープには美しい少女の幽霊、ではなく同性の一回り年上の見目麗しき上司が腕組みして佇む姿が見えている。

「薪さん!!」

勢い良くドアを開けて満面の笑みで両手を広げる大男の脇をくぐり抜け、薪がスマホ画面を確認しながら立ち入り捜査の手際でクローゼットのドアを開けた。

「なるほど。刑事局から検証を頼まれた新型の捜査システム……GPSだけで高層建造物の部屋番号までスムーズに特定できるとは、手軽で使い勝手がいい」

ハンガーに掛かった青木のネクタイから発信器を取り外した薪は、それを丁寧に自分のジャケットの内ポケットに仕舞い込む。と同時に「何だこの部屋、クソ暑いな」と、眉を潜めてそのまま上着を脱ぎはじめる。

「ああもう、薪さん!!」

「…………」

薪は小さく息を呑んで、思わず目を閉じた。
手のひらに舞い降りた雪のように、シャツ越しの背中からすっぽり包まれた温もりに、瞬時に肌を溶かされて―――

「そのシステム……最高です!この機会に試していただいて、ありがとうございます!」

「……よせ、擽ったいだろ」

抱きしめる腕に揉まれ、首筋をキスで撫でられながら、薪は脱いだジャケットを手探りでクローゼットのハンガーに掛ける。
そして身を捩りながら伸ばした手には、吊るしたジャケットのポケットからスルスルと出てくる長細い布をしっかりと掴んでいた。

「………なんですか?それは」

堪え性のない男は訊ねながら、もう薪のバックルを外し始めている。
細い腰から足元に滑り落ちるスラックス。
薪は微動だにせず黙ったままだ。

「…………」

青木の両手が、白のYシャツのボタンを上からいくつか外して下に引き下ろす。と、両肩から足元まで下着ごと薪の衣服すべてが、床に払い落とされた。

「もう、いいですよね?俺我慢できません」

何も答えない薪の身体が宙に浮き、靴と靴下を床に点々と残しながら、ふわりとベッドに着地した。


「青木……」

全裸でシーツに横たわった薪は、青木を見つめながらゆっくりと片膝を立てる。
その妖艶な仕草にゴクリと生唾を呑んだ青木の鼻先に、握ったままの例の布が突きつけられた。

「抱くなら、これを僕につけろ」

「へっ?これを……薪さんにですか?」

青木は受け取った布と薪の顔を、不思議そうに見比べる。

「薪さんがお召しになったら白雪姫みたいでお可愛いらしいでしょうけど、どうしてですか?」

「はぁ?違う。リボンなんかじゃ……」

これを見て、四十路男の頭にかわいく結わえようなんて、こいつバカなのか?

「あ、そっか、もしかしてスカーフ?体冷えちゃいましたかね、でも大丈夫ですよ、俺がすぐ温めて差し上げますので」

「違う!こっちへ寄越せっ!」

全く、調子が狂う。
薪は取り返した布をさっさと自分の目元に被せて、余った部分を自分の後頭部に回して結びつけた。

「ええっ……目かくし??」

「そうだ。何か問題あるのか?」

「いえ、特に無いんですが…」

目は口ほどに物を言う。
結合中の熱に浮かされトロリと潤んだ薪の瞳に縋られるのをこの上なく気に入っていた青木は、渋い顔で首を傾げる。

「じゃあ、僕の嗜好につきあわせる代わりに、それ以外はお前に合わせる。それなら文句はないだろう?」

不服げな空気を読み取った薪が提示した交換条件に、青木の目が輝いた。

「えっ、なら……部屋の明かりはこのままとかでも?」

「ああ、勝手にしろ」

「本当にいいんですか?俺、薪さんの隅々まで見ちゃいますよ?」

「っ、構うもんか。減るもんじゃないし」

「そうですね。困ります、減ったりなんかしたら……」

髪を撫でる手のひらが、そっぽを向く薪の紅潮した両頬を包む。
そのまま唇を親指で柔らかくなぞりながら、おでこに触れたキスが鼻筋をたどって、甘い口づけに変わった。
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