2069 青誕 RING

 青木の母は家のこたつで一人浮かれて待っていた。

 前夜から出汁をとり、下煮しておいた大根。
それを午後からじっくりおでんに仕立て上げている最中、舞が友人宅で夕食の世話になるとの連絡が入った。連絡してきた本人むすこも当然夜遅くなるだろうから、今日は一人でこれを食べるのか。と、肩を落とした矢先に飛び込んだ嬉しい続報。
 現れたのだ。
 出来立てのおでんを一緒に味わってくれる相手が。
 しかもそれは眉目秀麗かつ性別不明のマキという、息子の……嫁……と呼んでいいのだろうか?高嶺の花にも程があるこの人を?

「お母さん、今晩は」

「ああ、マキさん……おかえりなさい」

 会うたびに息を呑む美しさにはまだ慣れない。が、同時に安堵感もおぼえる。殿上人のように高貴で美しいのに、なぜかこの家に馴染むのが不思議だった。
 だからつい“おかえり”と口からでてしまう。

「外はだいぶ冷えますよ。この部屋も」

「そうねぇ、でも今日は温かいおでんよ」

「うん、とてもいい匂いがします。でも一応これを着ましょうか」

 薪は微笑んで、隣室の長押に掛かっている母の半纏を持ってきて肩から掛けてやる。

「ありがとう。あんたも着替えて来たら」

 他所様にはきっちり礼儀正しく敬語を使う母の言葉が砕けているのも、もう珍しいことではない。光との別れも一緒に乗り越えてきた薪は、母の中でとっくに青木家の一員になっている。

 薪は微笑んで、上着だけ着替えてくると、ちょうどいい感じに温まったおでん鍋を食卓に運ぶ。

 ジャケットをジェラピケに替えた姿の薪と半纏姿の母がこたつに入って蓋を開け、愉しそうに目を合わせる。
 舞がいないと会話はほぼ無い静かな食卓。
出汁の香りとともに美味しく煮込まれた種を口にする薪が、目を見開いたりうっとり目を閉じたりしてる様を見守るだけで、母は言いようもない幸せな気持ちに包まれるのだった。
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