☆2065←→2064 手紙。

一方、パリのあおきは、昼食ついでに始めた常備菜の調理と部屋の掃除をしているうちに、夕刻を迎えていた。
腹時計の装備がない薪の身体にいると、いつまでも続けてしまいそうになるが、カーテンを開けた窓から差し込む斜陽に気づいて、ふと思い出したのだ。
そういや俺、シャワー浴びようとしてなかったっけ?

いやそれいつの話だよ、って、たしか薪のケータイに怪しい勧誘電話がかかってきた午前中のことだ。
たかる虫を勝手に追い払い、そのまま家事に没頭しはじめ、薪を寝起きのままの格好で今まで過ごさせてしまった。
“だらしない生活をさせて、本当にスミマセン”と、青木は心のなかで薪に平謝りする。

そうと気づけばすぐさまキチンとしますので……!!


肌を人目に晒すことへの抵抗感は、繊細で美しい顔だちに似合わずフツーのオジサン並に皆無の薪だ。
それを知ってる青木は、自分の胸の高鳴りを無視して思考を止め、さっさと綺麗な身体をひん剥いて、シャワーのカランをひねる。

CとF?ああ、フランス語はたしかHOTがCHAUDだからお湯は“C”で……と、肌に心地良い湯加減に集中しながら全身を流し、シャワーを止めた。

シャンプーを丁寧に泡立てて、御髪を洗いながら考える。
薪さんは普段、上から洗う派だろうか?それとも下から?
今回は自分流で、上から下へ、髪の先から爪先までキレイに磨くことにする。


「……っあ……」

ハッ!!薪さん、なんて声を!いや俺か。

スポンジで立てた泡で身体を柔かく擦った瞬間、漏れる声と、触れた乳首のびくんと粟立つ反応に、あおきはギクリと動きを止める。

…………いや、気のせい、だ、ろ?

表情をこわばらせたまま、泡のついた胸の尖端にもう一度触れてみる。と、甘酸っぱい痺れが背筋を蕩かし、風呂場の床に崩れ落ちそうになった。

「っはぁ……やっぱムリ」

止めよう。いやダメだ。ここで逃げたら薪への性的欲求を認めたことになるし、洗い残しは許されない。
もはやナゾの理論と若気の本能の赴くまま、胸元と下半身に伸びた泡だらけの手指は、自らの敏感な尖端を巧妙に撫で回す。
勃ちあがる性器は刺激のせいなのか、薪に宿る青木の興奮のせいなのか区別もつかない。

「はぁ……ハアッ…………」

繊細な愛撫を繰り出す薪の手指の感触が、心地よすぎる。
でも、違うのだ。
この手に触れられたいのは青木のカラダであり、薪のカラダに触れる手は自分の大きな手でありたい。

薪自身の手が、薪自身のカラダに触れることにさえ嫉妬を覚えるなんて、俺は何様なんだろう。
思考は弁えているが、気持ちはもどかしい。
薪に触れられるだけでもありがたいのに、不満を覚えるなんて罰当たりだと、わかってはいるのだけれど―――


「はぁ……」

逝きそうなほど気持ちよかったバスタイム。
サラサラの髪を愛しく指で梳きながらドライヤーで乾かし、逝かずに洗いきった自分をひそかに褒めちぎる。

夜になっても食欲がわかないことは予測していたので、冷凍しておいたフルーツに、ヨーグルトと野菜と蜂蜜をミキサーに投入。
撹拌して出来上がったグラス一杯のスムージーを一気に飲み干して、夕食は完了だ。

いろんな意味で奮闘して磨いた艶々の身体をソファーで寛がせ、ストリーミングでチェックしていた映画をテレビ画面で一本観た。
二人がけソファーに悠々と投げ出せる身体の小ささも愛しい。なんて薪本人に聞かれたら殴られそうなことを思いながら。


夜が更けてくるにつれ、青木の疑問が深まる。
なぜこの人には平安が訪れないのだろう?
ハッピーエンドの映画を気分よく見終えたあと、歯を磨いてベッドに入っても、だ。

眠りとは、安らぎではなかったのか。

孤独と不安の淵で震え、虚しい夢を彷徨う眠りを味わいながら、この身体をずっと抱きしめていたいと思う。

目を瞑り薪のいい匂いを思い切り吸い込みながら、今すぐにでもすっぽり閉じ込めたいと、青木は強く願う。
青木じぶんの腕で、薪の身体を―――
5/9ページ
スキ