☆2065←→2064 手紙。

あおき。

あ、おき、っ……はぁ……

艶めかしく喘ぐのはじぶんの声だ。
濡れて擦れ合う肌を貪る青木の口唇と手指。

元に戻ったのか?でもどうしてこんな?

薪はしどけなく開いた脚を繋がる身体に絡ませ、さらに奥深くへ誘い込みながら思う。
いや、これはさすがに夢だ、と。


瞼を上げれば、薄いカーテン越しに差し込む朝の光が眩しい。
明るい天井に目を慣らしながら、ぼやけたままの視界に手をかざせば、見覚えのある大きさはまだ青木のものだ。

「……はぁ」

高鳴る胸にその手を乗せて、ゆっくり息を整えているところへ、ノックが聞こえて。
「青木さん、失礼します」と、昨日と違う看護師の声がした。

「お加減どうですか?」

「……ええ、だいぶいいです」

「そうですか。じゃあこれ、取りますね」

これ、とは何を指すのか考える暇さえなかった。
予後が良好なのをバイタルサインから読み取った彼女は「失礼します」と布団を捲り、あっという間に尿道カテーテルの除去を済ませてしまう。

「…………」

ベテラン看護師の機械的な処理だから青木まきも黙って甘んじたのだ。フェロモン出してるヤツの手に掛かろうものなら、即座にエマージェンシーコール(!?)のボタンを押していただろう。

「お食事はできそうですか?」

点滴に栄養剤を入れながら彼女が訊く。

「……はい、多分」

「じゃあお昼から食事をお持ちしますね」

「お願いします」

食事は面倒だが、青木の体のためだ。
普段の薪なら全くない食欲も、この大きな体には傷の治癒も待たずに湧いてくるのだから、とにかく与えてやらないと。


昨夜読んだ新聞に記された日付が2065年の10月24日。
ここは自分がいた2064年より一年先の世界で、青木の“事故”が、平穏無事に報じられている『カザフスタン共和国アリエフ大統領を迎えての食事会』の裏で起きたことが推察できる。
青木が凶刃に倒れた時、自分はどこで何をしていたのだろう?
守れなかった自分をただ不甲斐なく、腹立たしく思いつつ脇腹に手を当てると、昨夜遅くに面会に来ていた青木の母と舞のことが頭に甦った。

「行ちゃん、痛い?」

心配げな舞の声が届いて胸が痛むが、寝たふりを通すしかなかった。
起きて言葉を発すれば、純粋な舞の目は今の青木の中身が別人であることを見抜き兼ねない。
ただでさえ動揺しつつ見舞いに来た二人に、これ以上混乱の種を撒きたくなかった。

「マキちゃんに、お返事もらえたの?」

え……っ?

小さな手の温もりが青木まきの手の甲に重なった。その瞬間―――自宅らしき家の郵便受けを覗く青木の横顔が、近くで見上げるアングルで、閉じてる目蓋の裏に映る。

ガサ、ガサ。
取り出した郵便物をまさぐる大きな手と、深いため息。

“お返事、まだこない?”

差し伸べられた小さな手を包んだ大きな手。

“うん、忙しい人だからね。行こう”

頭上から降る声は、穏やかだが僅かな落胆の色を帯びている。

“ねえ…”

“うん?”

“マキちゃんって、行ちゃんのすきな人?”

“……そうだよ”

上がり框に座って脱いだ小さな靴を揃える、青木の手。

“ぎゅっ、てしたい?”

“そうだね、ぎゅ〜って、できるといいな”

両手を広げて寄りかかる小さな体が、ひょいっと持ち上げられて、板敷きの廊下を進んでいく。

“さ、手を洗って、カバンを置いておいで”

時間と距離を超えて飛来し、想い人の身体を乗っ取ってしまった“思念体”の今だからこそ読み取れる舞の記憶のワンシーン。
重なる手から流れてくる映像は、そこで途切れた。

そして、舞と母の気配が病室から消えた後、いろんな想いとともに溢れた涙が止まらないまま、眠りに沈んだのだ。
なのに、あんな淫らな夢に溺れて―――


「…………は……っ」

夢の余韻のせいか、カテーテルから解放された青木の性器はしっかり朝勃ちしていた。
看護師が立ち去ると同時に布団の下で青木じぶんのそれを掴むと、びりびりと痺れるような快感が背筋を走り抜けていく。

「っ……」

この大きな手だからこそ包めるのだ。これが薪自身の手や口なら持て余すし、身体の奥で受け止めれば圧迫は相当なものだろう……そんな妄想を抱きながら踞り、青木まきは夢中で手の中の性器を扱く。

けど、逝かせてはダメだ。場所も場所だしこんなことしてたら傷にも障る。

「はぁ……」

悩ましげなため息をついて、疼く身体から手を放す。
自分・・の手で触れたいのに、触れられないもどかしさに苛まれながら。薪はベッドの中、青木じぶんの身体を仰向けの姿勢に戻し、眉根を寄せたままギュッと目を閉じた。
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