☆2065←→2064 手紙。
薪が青木の身体で目覚めたタイミングと同じくして、別時空で叫んだもう一人の男がここにいる。
「まきさん!」
薪 の声に、飛び起きた青木だ。
って、なんで薪さんがご自身を呼んでるんだ?
いや“薪さん”て呼んだの俺だし。って、えっ??
混乱する頭はやたら重い。が、身体は軽くて。
上体を起こすだけのつもりが勢い余ってベッドから飛び出し、見事床に着地している。
ていうか、ここどこだ?
シンプルで小洒落た部屋の壁にかかるウォールミラーに、引き寄せられるように裸足で歩みを進めていく。
「えっ、薪さん……リアルに薪さんだ……なんで?」
鏡の中の姿を愛でるのに夢中で、自分が薪の声を発しているという超絶な異常事態を後回しにする、青木のナナメ上をいく神経。
何なら聞き惚れてるし、鏡に映る自分にガチで見惚れていた。
舌打ちされることも、暴言を吐かれることもなく、憧れの薪剛を見放題の贅沢に溺れ、我を忘れながら。
「あ……涙……」
ふと気づいた頬の跡に、そっと左手を当てる。
同時に便箋を握ったままの右手に気づき、眼の前に持ってきてそれを開いた。
苦心の末、丁寧に想いを綴った見覚えのある文字が並ぶ。
読んでないって仰ってたけど、読んでくださっていたんだ。
それも泣きながら?それってどういう―――
わからないけど、とにかく抱きしめたい。
抱きしめて、涙の理由を分かち合いたいのに。
今は鏡の中の顔に見惚れたまま薪 の二の腕を両手で抱くのが精一杯だ。
そしてようやく自分の身体が薪自身であることを自覚した青木は、ガクガク震え蒼ざめはじめる。
PiPiPi♪
と、とにかくシャワーでも浴びて落ち着いて……と思った矢先に電話が鳴る。
第九にいた時と同じ着信音だ。
たとえ薪その人になってしまっても違和感がない程に、青木は常に薪を想い、心は今でも薪の忠実な部下だ。
だからパニックの中でもつい薪のケータイを手に取り、条件反射で代理応答してしまう。
「え……っと、もしもし…」
『Bonjour…』
えっ、フランス語?
「……まじか。ここパリだし!」
窓の外の景色を見た薪 は、驚いて落としそうになったケータイに両手を添える。
『Qu'est-ce que vous avez dit?』
フランス語は大学で履修した程度だし、と押寄せる困惑がまた驚きに変わる。
薪の器だけに、不思議と理解できるのだ。
そして話したいこともちゃんとフランス語になって出てくる。
『Monsieur マキ、さっき送ったメール、見て貰えたかしら?』
「は、はい。お待ちを…」
部屋のデスクに置かれたPCを指紋認証で開いた。
届いたばかりのメールのタイムスタンプが一年前の土曜になってるのを見て、青木は今の自分が“手紙を受け取った日の薪”であることを確信する。
そして会話の方はいつまでたっても本題にならない。と思いきや、結局はデートの誘いに行き着いてムッとする。
もちろん爽やかな神対応で蹴散らすのだが、そりゃそうだろう。やはりここは愛の国フランス。男女問わずこんな美しい人を放っておくはずがない。
でもそんなの自分が薪でいる間は、どんな奴だろうと全部お断りだ。
本物の薪だって、カリブ海でとろけるキスを交わす相手がいながら他へ靡くような尻軽ではないはずだ。
というわけで、寝起きの数時間は数々の虫退治に費やした。
憧れの人になりきって恋敵を撃退する(?)のはことのほか疲れる。
普段の青木ならとっくに腹ペコのはずだが、薪の身体は空腹を訴える気配がない。
それでも昼前には、宅配の食材が部屋に届いた。
野菜やフルーツ主体の、これが一週間分の食材だとしたら呆れるほど少ないし、タンパク質とか色々足りない。でも死にたがりだったあの人がこうしてちゃんと自分に栄養を与えて生きようとしているのだと思うと、愛しさがじわじわと込み上げてくる。
くそ〜、抱きしめたいのに!という熱情はさておいて。
温野菜を作りバルサミコとマスタードで和える。
ささみはズッキーニと一緒にピクルス液につけておく。
昼はそれをバケットでいただいたが、棚にあったパスタ用に、ソースも何種か保存用に作りはじめた。
料理は今の自分が薪のためにできる奉仕の一つだ。
抱きしめる代わりに、と思えば腕も鳴る。
薪になっている自分が食すのは勿論、こうして常備しておけば、元に戻った後で薪本人の口に入るかもしれないと思うと、熱も込もった。
元に戻れるかどうかもわからないのに、とことん楽天的な男だ。
それにしても薪さん、どんだけ意地っ張りなんだよ―――
薪の姿でフライパンでソースを混ぜながら、青木はPCのデスクに置いておいた手紙のことを考えていた。
開封して、ベッドにまで持ち込んで、泣きながら眠ったくせに“読んでない”と言い張るなんて。
この事実を知っていたなら俺は、抱きしめて、殴られたって薪さんを離さなかった。
YESの答えは貰えなくても、これからもずっとあなたを愛する、と伝えたのに。
「まきさん!」
って、なんで薪さんがご自身を呼んでるんだ?
いや“薪さん”て呼んだの俺だし。って、えっ??
混乱する頭はやたら重い。が、身体は軽くて。
上体を起こすだけのつもりが勢い余ってベッドから飛び出し、見事床に着地している。
ていうか、ここどこだ?
シンプルで小洒落た部屋の壁にかかるウォールミラーに、引き寄せられるように裸足で歩みを進めていく。
「えっ、薪さん……リアルに薪さんだ……なんで?」
鏡の中の姿を愛でるのに夢中で、自分が薪の声を発しているという超絶な異常事態を後回しにする、青木のナナメ上をいく神経。
何なら聞き惚れてるし、鏡に映る自分にガチで見惚れていた。
舌打ちされることも、暴言を吐かれることもなく、憧れの薪剛を見放題の贅沢に溺れ、我を忘れながら。
「あ……涙……」
ふと気づいた頬の跡に、そっと左手を当てる。
同時に便箋を握ったままの右手に気づき、眼の前に持ってきてそれを開いた。
苦心の末、丁寧に想いを綴った見覚えのある文字が並ぶ。
読んでないって仰ってたけど、読んでくださっていたんだ。
それも泣きながら?それってどういう―――
わからないけど、とにかく抱きしめたい。
抱きしめて、涙の理由を分かち合いたいのに。
今は鏡の中の顔に見惚れたまま
そしてようやく自分の身体が薪自身であることを自覚した青木は、ガクガク震え蒼ざめはじめる。
PiPiPi♪
と、とにかくシャワーでも浴びて落ち着いて……と思った矢先に電話が鳴る。
第九にいた時と同じ着信音だ。
たとえ薪その人になってしまっても違和感がない程に、青木は常に薪を想い、心は今でも薪の忠実な部下だ。
だからパニックの中でもつい薪のケータイを手に取り、条件反射で代理応答してしまう。
「え……っと、もしもし…」
『Bonjour…』
えっ、フランス語?
「……まじか。ここパリだし!」
窓の外の景色を見た
『Qu'est-ce que vous avez dit?』
フランス語は大学で履修した程度だし、と押寄せる困惑がまた驚きに変わる。
薪の器だけに、不思議と理解できるのだ。
そして話したいこともちゃんとフランス語になって出てくる。
『Monsieur マキ、さっき送ったメール、見て貰えたかしら?』
「は、はい。お待ちを…」
部屋のデスクに置かれたPCを指紋認証で開いた。
届いたばかりのメールのタイムスタンプが一年前の土曜になってるのを見て、青木は今の自分が“手紙を受け取った日の薪”であることを確信する。
そして会話の方はいつまでたっても本題にならない。と思いきや、結局はデートの誘いに行き着いてムッとする。
もちろん爽やかな神対応で蹴散らすのだが、そりゃそうだろう。やはりここは愛の国フランス。男女問わずこんな美しい人を放っておくはずがない。
でもそんなの自分が薪でいる間は、どんな奴だろうと全部お断りだ。
本物の薪だって、カリブ海でとろけるキスを交わす相手がいながら他へ靡くような尻軽ではないはずだ。
というわけで、寝起きの数時間は数々の虫退治に費やした。
憧れの人になりきって恋敵を撃退する(?)のはことのほか疲れる。
普段の青木ならとっくに腹ペコのはずだが、薪の身体は空腹を訴える気配がない。
それでも昼前には、宅配の食材が部屋に届いた。
野菜やフルーツ主体の、これが一週間分の食材だとしたら呆れるほど少ないし、タンパク質とか色々足りない。でも死にたがりだったあの人がこうしてちゃんと自分に栄養を与えて生きようとしているのだと思うと、愛しさがじわじわと込み上げてくる。
くそ〜、抱きしめたいのに!という熱情はさておいて。
温野菜を作りバルサミコとマスタードで和える。
ささみはズッキーニと一緒にピクルス液につけておく。
昼はそれをバケットでいただいたが、棚にあったパスタ用に、ソースも何種か保存用に作りはじめた。
料理は今の自分が薪のためにできる奉仕の一つだ。
抱きしめる代わりに、と思えば腕も鳴る。
薪になっている自分が食すのは勿論、こうして常備しておけば、元に戻った後で薪本人の口に入るかもしれないと思うと、熱も込もった。
元に戻れるかどうかもわからないのに、とことん楽天的な男だ。
それにしても薪さん、どんだけ意地っ張りなんだよ―――
薪の姿でフライパンでソースを混ぜながら、青木はPCのデスクに置いておいた手紙のことを考えていた。
開封して、ベッドにまで持ち込んで、泣きながら眠ったくせに“読んでない”と言い張るなんて。
この事実を知っていたなら俺は、抱きしめて、殴られたって薪さんを離さなかった。
YESの答えは貰えなくても、これからもずっとあなたを愛する、と伝えたのに。