2064 Caribbean wedding
真っ昼間から夢を見て、はしゃぎすぎたようだ。
“つよしくん、次はあなたの番よ”
世話焼きな花嫁から刷り込まれた言葉は、現実味を帯びることなく薪の心の中で浮遊したまま、着地点がみつからない。
どうしてまだ僕はここにいるのだろう。
ホテルの部屋でひとり思い返せば、やはりアイツのせいだと思う。
パーティーが終わったらすぐに帰ろうと決めていた予定を、アッサリ狂わせたあの想定外の言動の―――
「薪さん、予約取れましたよ!」
パーティーがお開きになった15時すぎのテラスで、NYへ戻る便をケータイで調べていた薪は、同じくスマホを見ていた青木の無邪気な声に、つい反応してしまった。
「え?あ……りがとう」
何故こいつが飛行機を?なんて、一瞬でも考えてしまった自分が馬鹿だった。
「ええ、急ぎましょう!40分後に最終便が出ます」
「……はぁ?最終?」
話は全く噛み合っていなかったのだ。
少なくとも青木が取った予約は、NY行の航空便ではない。
訝しげに顔をしかめる薪に、青木は弾んだ声で畳み掛けた。
「ええ。一緒にやりますよね?パラセーリング ♪」
「は?お前何を……」
ここからしばらく立場が逆転した。
水着を持ってないと言ったら、売店に走ってド派手なサーフパンツとラッシュガードを勝手に買ってくる。
さらにはそれを握らせ“着替えて10分後に北側のビーチにある船着き場に来るように”と命令する。
渋々自室に戻って準備して出てきた薪は、その30分後には、80メートルの上空から青木と隣合わせで眺めるカリビアンブルーの海に見惚れていた。
空の青と海の碧。
そこにオレンジが溶け込むまで、地上のビーチをゆったり散策もした。
歩きながらアルコールを嗜み、肴をつまむのが夕食の代わりになる。もちろんメインディッシュはお互いの会話と笑顔だ。
―――いくらなんでも浮かれすぎだろう。
旧知の友人の結婚を祝うのを大義名分に、若い元部下から寄せられる無邪気な好意に絆されて。
バカンスを愉しむ、とはこういうことを言うのか……うっとり漏れたため息の後、一気に自戒の念が込み上げる。
夜風に当たって、少し頭を冷やそう。
深いため息の後で、薪はバルコニーに出た。
前泊から滞在する二階の角部屋は、ダブルを並べたベッドルーム二室を含め、全部で四部屋あるエグゼクティブなスイートだ。
昨夜は快適に寛げたのに、今夜落ち着かないのは、数時間前までの空気の密度や甘さとの、落差のせいに違いない。
バルコニーには海がみえる位置に木製のソファーが置かれていたが、一人で眺める気分にもなれない。
建物の裏側の暗がりの方へ回り込んだ途端、生い茂る低木がガサガサと不自然に揺れてギクリと固まる。
「Who's in there!?」
「……わっ、」
「……青木、か?」
警戒心から咄嗟に英語が出たが、期待半分の疑念はすぐにときめきに変わった。
「お前、そんなところで何をしているんだ」
「すみません、ああ薪さん!!」
「あお……」
ロミオとジュリエットにしては身長差がありすぎの大きな影が、二階のバルコニーによじ登り手摺を乗り越えてくる。
そして”おおジュリエット“とばかりに薪の身体をすっぽりと抱きしめたのだ。
「俺と別れたあと、外に出られたりしてないですよね?」
「……うん、でてない」
「よかった!!」
“俺、腹減って一人で別棟のダイニングバーに行ったんですよ”と打ち明ける青木の話が、膨らんだ薪の胸を一気に窄ませる。
“そこ、なんか若い人が結構出入りしてて、ガンガン声掛けられて。賑やかなのもありかと思いきや、ほとんどがナンパなんですよね”だなんて素直に訴えてくるのだから。
「ふ〜ん。で?だいたいお前もその“若い”部類だろ」
「違いますよ、勘弁してください!」
楽しんでくればよかったじゃないか、なんて心にも無いことを言おうとしたのに声が出ない。
抱き締める腕の力が、軋むほど強くなったからだ。
「それより俺は……薪さんがすごく心配だったんです」
「は?」
どうやら自分はこの危なっかしい男に心配されているらしい。
この場合心配されるとすればどう考えても、盛り場をふらついていたこいつの方だろう。
「僕の、何を……」
混乱しながらも、その腕の力と温もりがもたらす閉塞に、熱が込み上げる胸が苦しくて息があがる。
「あなたがもしそういうところにいたら、こんなんじゃ済まないでしょう?ちやほや取り囲まれて、連れ去られたりでもしたら……そんなこと考えてたら凄く心配になって、ついここへ…」
「っ余計なお世話だ!僕はそんな目に合わない。声掛け辛くする方法はいくらでもあるんだぞ?一つ教えてやろうか」
「ヒッ、いえ、もう分かりましたっ」
抱きしめていた腕が振り払われ、胸ぐらを掴まれて薪の顔が近づいてくる。超絶美しいのに恐怖に縮む心身。そうか睨みをきかせて凄む手があるのか、って絶対真似できないし。
「言い寄られるのが嫌なら、隙を無くせばいいだけだ。それと……」
服を引っ張っていた手がパッと離れ、青木の姿勢が反動で戻る。
「外のニオイをここへ持ち込むな。風呂に入って全部流してこい」
「……!!」
空気がヘンに固まる。
「……えっと、薪さんそれって……」
「?」
「ヤキモ、」
チ、と最後の一文字を言い終わる前に、パァンと青木の頬が鳴った。
「何を呆けたことを言っている!?僕はただ自分の寝場所を清潔に保ちたいだけだ」
「……!!!」
いやもう、お手上げだ。
打たれた頬と血を吹きそうな鼻を一緒に手で覆った青木は、薪が怖い顔して指差すバスルームへフラフラと入っていく。
身体を洗え?
寝床を汚すな?
それってヤキモチを飛び越えてないか?
夜中にのこのこやってきた俺も俺だけど、薪さんも天然過ぎだろ。言葉だけきいてると自分がベッドに誘われてるとしか……
“いや深読みするな、天才薪剛の頭の中だ。凡人の俺が読み解こうなんておこがましいぞ”
青木は繰り返し自分に言い聞かせながらシャワーで、煩悩ごと洗い流そうとしていた。
“つよしくん、次はあなたの番よ”
世話焼きな花嫁から刷り込まれた言葉は、現実味を帯びることなく薪の心の中で浮遊したまま、着地点がみつからない。
どうしてまだ僕はここにいるのだろう。
ホテルの部屋でひとり思い返せば、やはりアイツのせいだと思う。
パーティーが終わったらすぐに帰ろうと決めていた予定を、アッサリ狂わせたあの想定外の言動の―――
「薪さん、予約取れましたよ!」
パーティーがお開きになった15時すぎのテラスで、NYへ戻る便をケータイで調べていた薪は、同じくスマホを見ていた青木の無邪気な声に、つい反応してしまった。
「え?あ……りがとう」
何故こいつが飛行機を?なんて、一瞬でも考えてしまった自分が馬鹿だった。
「ええ、急ぎましょう!40分後に最終便が出ます」
「……はぁ?最終?」
話は全く噛み合っていなかったのだ。
少なくとも青木が取った予約は、NY行の航空便ではない。
訝しげに顔をしかめる薪に、青木は弾んだ声で畳み掛けた。
「ええ。一緒にやりますよね?
「は?お前何を……」
ここからしばらく立場が逆転した。
水着を持ってないと言ったら、売店に走ってド派手なサーフパンツとラッシュガードを勝手に買ってくる。
さらにはそれを握らせ“着替えて10分後に北側のビーチにある船着き場に来るように”と命令する。
渋々自室に戻って準備して出てきた薪は、その30分後には、80メートルの上空から青木と隣合わせで眺めるカリビアンブルーの海に見惚れていた。
空の青と海の碧。
そこにオレンジが溶け込むまで、地上のビーチをゆったり散策もした。
歩きながらアルコールを嗜み、肴をつまむのが夕食の代わりになる。もちろんメインディッシュはお互いの会話と笑顔だ。
―――いくらなんでも浮かれすぎだろう。
旧知の友人の結婚を祝うのを大義名分に、若い元部下から寄せられる無邪気な好意に絆されて。
バカンスを愉しむ、とはこういうことを言うのか……うっとり漏れたため息の後、一気に自戒の念が込み上げる。
夜風に当たって、少し頭を冷やそう。
深いため息の後で、薪はバルコニーに出た。
前泊から滞在する二階の角部屋は、ダブルを並べたベッドルーム二室を含め、全部で四部屋あるエグゼクティブなスイートだ。
昨夜は快適に寛げたのに、今夜落ち着かないのは、数時間前までの空気の密度や甘さとの、落差のせいに違いない。
バルコニーには海がみえる位置に木製のソファーが置かれていたが、一人で眺める気分にもなれない。
建物の裏側の暗がりの方へ回り込んだ途端、生い茂る低木がガサガサと不自然に揺れてギクリと固まる。
「Who's in there!?」
「……わっ、」
「……青木、か?」
警戒心から咄嗟に英語が出たが、期待半分の疑念はすぐにときめきに変わった。
「お前、そんなところで何をしているんだ」
「すみません、ああ薪さん!!」
「あお……」
ロミオとジュリエットにしては身長差がありすぎの大きな影が、二階のバルコニーによじ登り手摺を乗り越えてくる。
そして”おおジュリエット“とばかりに薪の身体をすっぽりと抱きしめたのだ。
「俺と別れたあと、外に出られたりしてないですよね?」
「……うん、でてない」
「よかった!!」
“俺、腹減って一人で別棟のダイニングバーに行ったんですよ”と打ち明ける青木の話が、膨らんだ薪の胸を一気に窄ませる。
“そこ、なんか若い人が結構出入りしてて、ガンガン声掛けられて。賑やかなのもありかと思いきや、ほとんどがナンパなんですよね”だなんて素直に訴えてくるのだから。
「ふ〜ん。で?だいたいお前もその“若い”部類だろ」
「違いますよ、勘弁してください!」
楽しんでくればよかったじゃないか、なんて心にも無いことを言おうとしたのに声が出ない。
抱き締める腕の力が、軋むほど強くなったからだ。
「それより俺は……薪さんがすごく心配だったんです」
「は?」
どうやら自分はこの危なっかしい男に心配されているらしい。
この場合心配されるとすればどう考えても、盛り場をふらついていたこいつの方だろう。
「僕の、何を……」
混乱しながらも、その腕の力と温もりがもたらす閉塞に、熱が込み上げる胸が苦しくて息があがる。
「あなたがもしそういうところにいたら、こんなんじゃ済まないでしょう?ちやほや取り囲まれて、連れ去られたりでもしたら……そんなこと考えてたら凄く心配になって、ついここへ…」
「っ余計なお世話だ!僕はそんな目に合わない。声掛け辛くする方法はいくらでもあるんだぞ?一つ教えてやろうか」
「ヒッ、いえ、もう分かりましたっ」
抱きしめていた腕が振り払われ、胸ぐらを掴まれて薪の顔が近づいてくる。超絶美しいのに恐怖に縮む心身。そうか睨みをきかせて凄む手があるのか、って絶対真似できないし。
「言い寄られるのが嫌なら、隙を無くせばいいだけだ。それと……」
服を引っ張っていた手がパッと離れ、青木の姿勢が反動で戻る。
「外のニオイをここへ持ち込むな。風呂に入って全部流してこい」
「……!!」
空気がヘンに固まる。
「……えっと、薪さんそれって……」
「?」
「ヤキモ、」
チ、と最後の一文字を言い終わる前に、パァンと青木の頬が鳴った。
「何を呆けたことを言っている!?僕はただ自分の寝場所を清潔に保ちたいだけだ」
「……!!!」
いやもう、お手上げだ。
打たれた頬と血を吹きそうな鼻を一緒に手で覆った青木は、薪が怖い顔して指差すバスルームへフラフラと入っていく。
身体を洗え?
寝床を汚すな?
それってヤキモチを飛び越えてないか?
夜中にのこのこやってきた俺も俺だけど、薪さんも天然過ぎだろ。言葉だけきいてると自分がベッドに誘われてるとしか……
“いや深読みするな、天才薪剛の頭の中だ。凡人の俺が読み解こうなんておこがましいぞ”
青木は繰り返し自分に言い聞かせながらシャワーで、煩悩ごと洗い流そうとしていた。