2067 Baby Panic!
六月の第三金曜日。
梅雨らしい雨がしとしとと降りしきる中、青木家の車庫に一台の車が滑り込んだ。
仕事帰りに保育園で舞を拾って戻ってきた、青木の愛車だ。
ようやく目の前にまで辿り着いた、待ちに待った週末。
青木は一週間の激務を終えた重い体をどうにか動かし、チャイルドシートから可愛い姪を下ろしてやるために、後部座席のドアを開けた。
いつもなら遊び疲れて寝入っていることも多い舞だが、今日は違っていた。
ぱっちりと大きな目を開けて、大好きな叔父 を今か今かと待ち構えていたのだ。
「はい、コーちゃん! ちちのひのプレゼント!」
「……ま、舞!」
小さな手から差し出されたのは、黄色い折り紙で折られた一輪のバラだった。
少し歪な形ではあったけれど、小さな指先で一生懸命に折られたであろうそれは、どんな高価な栄養ドリンクよりも、今の青木に凄まじい活力を与えてくれた。
「ありがとう! すごく上手に折れてる。世界一かわいいバラじゃないか」
大喜びする青木に力いっぱい抱き上げられた舞も、得意げに顔を輝かせる。
もしも姉夫婦が天国から見ていたら思わず微笑んでしまうに違いない、車庫の中の小さな幸せの光景がそこにあった。
夕食やお風呂を済ませて、舞とおバアちゃんが寝静まると、ようやく青木にも静かな週末の夜が訪れる。
穏やかな静寂に包まれたリビングで、寝支度を整えた青木は、スマートフォンを手に取った。
画面を見つめる彼の脳裏に浮かぶのは、遠く東京にいるはずの、最愛の人の顔。
(薪さん、今頃何をしてるかな……。声が聞きたいけど、もう寝てるよな)
数ヶ月前に一線を越え、長年募らせてきた互いの想いを確かめ合った二人。
それなのに、未だに自分から連絡を入れることさえどこか憚られてしまうような距離感がある。
尊敬する上司への遠慮もあれば、もしも虫の居所が悪ければ冷たく当たり散らされる恐怖だってある。
けれど、逆に素直に甘えられたりでもしたら、今度は自分が興奮のあまり朝まで眠れなくなるかもしれないな。
そんな様々な想像を巡らせながら、愛おしそうに端末を握りしめていた、その時だった。
――ピコン。
短い通知音とともに、一通のメッセージが飛び込んできた。送り主の欄に表示されたのは、まさに今、想いを馳せていた「薪剛」その人の名前だった。
『すぐ来てくれ。僕の手には負えない』
あまりにも簡潔すぎるその文面に、青木の背筋を冷たい戦慄が駆け抜けた。
あの超越した能力をもつ薪が、自ら「手には負えない」と音を上げるなど、ただ事であるはずがない。
とんでもない大事件か、持っている機密情報を狙われ薪の身に重大な危険が迫っているのか――!?
青木はパジャマを乱暴に脱ぎ捨て、着替えと航空券の手配を同時にこなしながら、車へと飛び乗った。
激しい焦燥感に突き動かされるまま、最終便の飛行機で深夜の羽田空港へと降り立つ。
そこからタクシーを飛ばし、一心不乱に向かったのは薪のマンションだった。
「薪さん……どうか無事でいてください」
青木は躊躇うことも忘れ、祈るような心地でそのインターホンを強く鳴らした。
梅雨らしい雨がしとしとと降りしきる中、青木家の車庫に一台の車が滑り込んだ。
仕事帰りに保育園で舞を拾って戻ってきた、青木の愛車だ。
ようやく目の前にまで辿り着いた、待ちに待った週末。
青木は一週間の激務を終えた重い体をどうにか動かし、チャイルドシートから可愛い姪を下ろしてやるために、後部座席のドアを開けた。
いつもなら遊び疲れて寝入っていることも多い舞だが、今日は違っていた。
ぱっちりと大きな目を開けて、大好きな
「はい、コーちゃん! ちちのひのプレゼント!」
「……ま、舞!」
小さな手から差し出されたのは、黄色い折り紙で折られた一輪のバラだった。
少し歪な形ではあったけれど、小さな指先で一生懸命に折られたであろうそれは、どんな高価な栄養ドリンクよりも、今の青木に凄まじい活力を与えてくれた。
「ありがとう! すごく上手に折れてる。世界一かわいいバラじゃないか」
大喜びする青木に力いっぱい抱き上げられた舞も、得意げに顔を輝かせる。
もしも姉夫婦が天国から見ていたら思わず微笑んでしまうに違いない、車庫の中の小さな幸せの光景がそこにあった。
夕食やお風呂を済ませて、舞とおバアちゃんが寝静まると、ようやく青木にも静かな週末の夜が訪れる。
穏やかな静寂に包まれたリビングで、寝支度を整えた青木は、スマートフォンを手に取った。
画面を見つめる彼の脳裏に浮かぶのは、遠く東京にいるはずの、最愛の人の顔。
(薪さん、今頃何をしてるかな……。声が聞きたいけど、もう寝てるよな)
数ヶ月前に一線を越え、長年募らせてきた互いの想いを確かめ合った二人。
それなのに、未だに自分から連絡を入れることさえどこか憚られてしまうような距離感がある。
尊敬する上司への遠慮もあれば、もしも虫の居所が悪ければ冷たく当たり散らされる恐怖だってある。
けれど、逆に素直に甘えられたりでもしたら、今度は自分が興奮のあまり朝まで眠れなくなるかもしれないな。
そんな様々な想像を巡らせながら、愛おしそうに端末を握りしめていた、その時だった。
――ピコン。
短い通知音とともに、一通のメッセージが飛び込んできた。送り主の欄に表示されたのは、まさに今、想いを馳せていた「薪剛」その人の名前だった。
『すぐ来てくれ。僕の手には負えない』
あまりにも簡潔すぎるその文面に、青木の背筋を冷たい戦慄が駆け抜けた。
あの超越した能力をもつ薪が、自ら「手には負えない」と音を上げるなど、ただ事であるはずがない。
とんでもない大事件か、持っている機密情報を狙われ薪の身に重大な危険が迫っているのか――!?
青木はパジャマを乱暴に脱ぎ捨て、着替えと航空券の手配を同時にこなしながら、車へと飛び乗った。
激しい焦燥感に突き動かされるまま、最終便の飛行機で深夜の羽田空港へと降り立つ。
そこからタクシーを飛ばし、一心不乱に向かったのは薪のマンションだった。
「薪さん……どうか無事でいてください」
青木は躊躇うことも忘れ、祈るような心地でそのインターホンを強く鳴らした。
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